2018年8月15日水曜日

VIVALDI「Alla Rustica」Op.51-4

 アマオケの定期演奏会で思い出深い曲を演奏することになった。
 Antonio VIVALDIによる弦楽のための協奏曲 「Alla Rustica」 ト長調 作品51-4。
 この曲の直筆譜は、イタリア・トリノの国立図書館にあるそうだ。そこには「Alla Rustica」(田舎風、農民風、田園風)という標題が付けられているのだが、それが具体的に何を意味しているのかは想像するしかない。個人的には、収穫を祝う秋の祭り、村の広場に集う人々、「年頃になったあの娘は誰と踊るんだい」、そんな会話まで聞こえてきそうだ。時代はまったく違うが、ルノアールの「ブージヴァルの踊り」のような情景が目に浮かぶ。ワルツを踊っているような絵なのに、なんて突っ込みが入りそうだが。

 これは2回目の発表会のときに弾いた曲だ。ファーストポジションだけで弾ける曲なのでなんとかなるだろう、なんて思って選んだのだが、思うようにはいかないものだ。
 ちょうどその頃、世間では、ネットで知り合った人と実際に会う「オフ会」というのが社会現象になっていたのだが、ヴァイオリンを担いだ人たちによるオフ会には、のちに「バヨ会」という名前が付けられるようになる。最初のバヨ会で、それまでネットでしか知らなかった人といっしょに弾いた曲がこの曲だ。

 そのバヨ会の会場は、私が住む町の中心街。彼はクルマを1時間ほど駆ってきてくれた。ヴァイオリンだけでなく、なにやら放送局でしか見たことのないようなマイクだとか、録音機器だとか、いろんなものを持ってきていた。上手く弾けたら録音してネットにアップしようという計画だった。会場は確か3時間ほど押さえていたと思う。延々この曲ばかりを弾くのだが、第1楽章が最後まで通らない。まあ無理もないことだ。計画は縮小。最初の4小節だけでも録音して残しておこう、ぐらいの目標になって、まあとにかく録音はできた。

(ここから追記)
 その後、1ヶ月の間に3回の練習をして、最後に録音したのがこの動画。
 だいぶ成長している。たぶん、いまもこのレベルと変わらないと思う。

(追記ここまで)

 この1件や、ほかのこれと同じようなことがきっかけになって、その後、あちらこちらでこういう「バヨ会」が開かれるようになり、参加者も増えてきた。カノンやドッペル、それにこの「Alla Rustica」もバヨ会の重要なレパートリーになっていた。普段の練習も、こんどのバヨ会でカノンが弾けるように、だとか、いつかドッペルが弾けるように、などバヨ会を意識したものになった。

 マイクを持ってきてくれた彼も、よくバヨ会に来ていた。レパートリーが増えてきて、ヴァイオリンだけでは弾けなくなってきたので、ネットでチェロを弾いている人を探して誘い出したりもした。ヴィオラはさすがに探し出せなかったのだが、マイクのその彼が通販で安いヴィオラを買っていたので、彼をヴィオラ係にした。
 ところが、その彼がヴィオラではなくやっぱりヴァイオリンをしたい、というので、私が彼からヴィオラを借りることになった。目論見としては、このヴィオラを順番に回して「ヴィオラ当番」にするつもりだったのだが、だれもその役を引き受けてくれない。「返すのはいつでもいいですよ」なんて言っている彼に、「半額で売れ」というと、意外なほど安い値段を提示してきたので、即決で購入。そこから私のヴィオラ人生が始まった。

 最盛期は2ヵ月に1度ぐらいの割合で、どこかでバヨ会をしていたのだが、そのうち、結婚、出産、引っ越し、親の介護など、いろんなことでヴァイオリンから離れたり、ヴァイオリンはやっていてもバヨ会からは離れたりする人も少なくなかった。インターネットの世界も、一時は隆盛を極めたブログが廃れ、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムとメディアが変わっていく。こういうのには「好み」というか「向き不向き」というか「適正」というか、そういうものがあって、ブログで自分を表現してきた人がSNS系のメディアでうまく情報発信できるとは限らない。私の場合がまさにそれで、ブログから他のメディアへの乗り換えはけっして上手くはいかなかった。
 そんな事情があって、バヨ会そのものも私の周りでは廃れてしまったのだが、クルマで1時間かけてマイクを持ってきた彼と、そしてこの「Alla Rustica」との出会いは、確実に私の人生を豊かなものにしてくれたと思う。

 彼は若くしてこの世を去ったので、定期演奏会を聴きに来てくれるように誘うこともできないが、きっと彼に届くように弾こうと思う。

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