2014年11月30日日曜日

クロイツェル始動

 新しいバヨ先生によるレッスンが本格的に始まった。
 本格的というのがどういうものなのかはいろいろと考え方があると思うが、前回はほとんど挨拶程度だったのが、そうではなくなったというもので、たぶん、今回のレッスンの形式がしばらく続くのだと思う。

 前回のレッスンでは、クロイツェル2番をやりましょうということだったので、教本を買ってきた。コソ練禁止令が出ていたのだが、音符を見たらどんなものかは気になるので、ちょっと弾いてみる。簡単ではないがまったく弾けない訳ではない。途中、ポジション移動があるところには指番号が書かれているのだが、そこにポジションを書き加えないと咄嗟にポジションが定まらないのだが、コソ練禁止令が出ているので、それはやめておいた。

 さて、レッスン開始。
 ほとんど初見なのは、コソ練禁止なのだから気にすることもなかろう。出だしはまずまずなのだが、10小節目ぐらいで止められる。教本には2ポジへのポジション移動の指示があるのだが、そこを1ポジのまま弾くこと、ポジション移動しないまま高4でファを取ることなどが教本に書き加えられる。

 止まったついでのように最初に戻って、下降音階のときに次の音まで指を押さえておくことやら、反対に、3指→4指→2指と弾くとことは、4指を押さえたところで3指を離すといったことが、具体的にここではこの指も抑えるとか、ここではこの指は離すといったようなこととかが、詳細に書き込まれていく。次の音までいっしょに押さえるというのも難しいのだが、3指から4指を出す時に、その次が2指という理由で3指を離すというのが意外とできない。
 4指を使わないときに、小指がクルッと小さく巻かれているのもダメだと言われた。ダメなのは分かっているのだが、これまでは治せなかったものだ。
 4指で押さえるときに第2関節が伸びてしまうのもダメ。
もっと自然な感じ
にしておかないといけない、というのだが・・・
 言われたとおりにやろうとするのだが、どうしても出来ない。弓を置いて右手でアシストすれば出来るのだが、かなり力が入っていて、ガッと掴んで丸くしたり弦から離したりしないといけない。どう見ても自然ではないのだが。

 弓の持ち方にもNGが出た。
 ここをこうして、そこをそうして、といろいろ注意されるのだが、どう考えてもその通りには出来ない。
普通に持てばいい
と仰るのだが、普通ってなんだ。どうも私の持ち方は普通でないのは分かったのだが、普通とどう違うのか、どうすれば普通になるのかは定かでない。

 姿勢にもNGがでる。足をハの字に、左足の方向はヴァイオリンのネックの方向、ネックが下がらないように。ま、こっちの方は分かり易いのだが、いったい何からどの順番に気を付けていけばいいのやら。ひとつのことをやろうとすると、他のことが疎かになってしまう。

 結局、クロイツェル2番の最初の4小節だけを練習するのが宿題になった。その続きは練習しないように、というコソ練禁止令。

 当たり前のことなのだが、先生が説明をしている間は音を出さない。
 「ここはこうして」、という指示があると、続きを聞く前にまずそこだけやってみて「こうですか」となってしまうのだが、プロのレッスンはそうではないみたいだ。

 今日の先生はほとんど笑われなかったので、たぶん、このオッチャン相手にかなり本気モードになっているような気がする。ならばこっちもモードを切り替えて、大リーグボール養成ギブスでもつけたつもりでやっていくしかないか。

2014年11月24日月曜日

ヴァヨタミン補給

 久しぶりにバヨ会をやった。
 やっぱ、合奏はえぇわ。
 だいたい、弦楽器というのは合奏のためにある楽器なんだよな、と思う。ヴァイオリンの名曲って言われる曲の多くは合奏曲。そりゃもちろん、バッハの無伴奏パルティータみたいに、ステージにソリストひとり立たせて超絶技巧の限りを思う存分堪能する曲もあるけど、そういうのはむしろ稀。プロの演奏家の真似をして
あぁ、これこれ、この感覚
いちおう同じ曲だね
という境地にはひとりでは行きつけない。

 今日は、将来を期待される若手ソリストを客演にお迎えしてのバヨ会。まずは、数ケ月前に発表会で弾いたというヴィヴァルディのAモールを弦楽アンサンブルのバックで弾いていただく。これ、伴奏も結構おもしろい。ヴィヴァルディの曲って、いろんなところにいろんな仕掛けが仕組まれていて、合わせて見ることで、ここでヴィオラとチェロがこんなふうに掛け合うのね、とか、ここでセカンドとヴィオラがこうハモるのね、なんてことがわかる。結構、ヴィオラ大事なのよね。目立たないけど。

 いや、それにしても、
 やっぱり付け焼刃ではあかんわ
 ということがよく分かった。
 他の人って、結構、レッスンでちゃんと基礎からやってはるから、普段やっていない曲が来てもすぐ何とかなる。私の場合は、次はこの曲、って決まったらそればっかり練習して何とかしようとするから、全然、他の人を聞けていない。いや、もう楽譜を見て追いかけるのに精一杯。ちょっと他の人の顔を見たらうまく合わせられるのになぁ、と思うのだけれど・・・

 午前中に、いちおう録音。
 でも、今回は門外不出の録音ね。

 お昼ごはん食べた後はパッヘルベルのカノン。これは玉砕だったのでなかったことにして、もう1曲は、またヴィヴァルディのAllaRustica。これは結構楽しい曲で、ヴィオラは比較的簡単。とか言いながら、録音聞いてみたら、なんじゃこのヴィオラは、って感じなんだが、弾いているうちは、
あぁ、これこれ、この感覚、
というところもあった、ような気がする、と思う。

 普段はアンサンブルの練習もしていないし、アンサンブルのレッスンもない。
 発表会ではアンサンブルもあるので、発表会前にはちょっとだけアンサンブルのレッスンもあるのだが、本当にちょっとだけ。どっちかというと、ソロの発表が中心でアンサンブルは余興みたいな扱いになっている。
 ちょっとそういうレッスンもちゃんと受けなきゃなぁ、と思っていたら、今日のメンバーのお一人がアンサンブルレッスンを受講されているそうだ。飛び入りでも大丈夫、とか、初心者に近い人もいますよ、とか、ヴィオラの人が来たら歓迎されますよ、とかいう甘言にすっかり乗ってしまっているのだが、果たして大丈夫か?

 ま、一回目だけは ♪ありの~、ままの~、って周りを凍らせてしまっても許してもらえるかも。

2014年11月18日火曜日

新バヨ先生のレッスン始まる

 小学校の頃に、先生が産休に入られるときに新しい先生が来られるのをドキドキして待っていた経験はないだろうか。新しい先生のレッスンが始まるまでというのは、その時とおんなじような気分で、なんとなく心が落ち着かないものだ。

 その待ちに待ったレッスンがやっと始まった。

 芸大に通う学生さんということだが、見た目、やっぱり若い。
 私のように、これぐらいの娘がいても不思議ではない年齢になってしまったおっちゃんばっかりの相手をさせるのが申し訳ないぐらい若い。産休教員というよりも、教育実習生のような感じだ。
先生がんばってね
って言いたくなるぐらい若い。だから良かったとか、だからどうだという訳ではないが、とにかく若い。

 っと、ちょっと若い、若いと言い過ぎたが、とにかくレッスンが始まった。

 5日ほど前に決めていたように、ドッペルを弾いて聴いてもらう。5日前に思い出したものだから、そんな初対面の人に聞かせるようなものではないのだが、ここで上手に弾いてドヤ顔しても意味がないので、とにかく弾く。途中、セカンドがソロで休符になるところがあって、そこでひと区切りつくのだが、
最後まで弾いていいですか
といったら、
どうぞ
ということだったので、遠慮恥じらいなく最後まで弾いた。

 どっから、どう指導していいかわからず、戸惑っておられる様子。
 ま、そりゃそうでしょう。
おとがくさん、この曲、ムリですよ
とは思っていても言えず、「どのツラさげてこの曲弾くねん」とも言えず、
ガハハハハハ…
と笑うこともできず・・・

 まず、姿勢からですね。
 速く弾けないときはゆっくり無理ぜず、誤魔化さず。
 下降音階のときは次の指も指板に載せて。

なんてご指導をいただいて、次回からはクロイツェルをやることになった。

あぁドッペルはいずこへ

ま、しかし、基礎がちゃんとなっていないことも前から気になっていたことだし、何か「この曲」と決めてそればっかり練習してやっと弾けるというのではなくて、例え簡単な曲であったとしても
これぐらいのレベルなら弾ける
という「自分のレベル」が欲しいとも思っていたところだ。

クロイツェルに関しては、買ったら譜読みするだけ。弾くのは次回からという
コソ練禁止令
も出た。なんか、レッスンって感じだ。クロイツェル以外は弾いてもいいとことだったので。しばらくは好きな曲を弾き散らかすか・・・。



2014年11月13日木曜日

そうだ! ドッペルを弾こう。


 いよいよこの週末に新しい先生のレッスンが始まる。
 いろいろとモヤモヤしていたのだが、久しぶりにバッハのドッペルを取り出してきて、そのモヤモヤがパッと晴れる思いがした。
ああ、この曲だったんだ
という気分だった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/より
バッハのドッペルにはいろんな思い入れがあるのだが、なかなか最後まで弾くことが出来ない。もはや、サグラダ・ファミリアのように、完成しないことにこそ意義があるのではないかとさえ思える永遠の課題曲だ。ヴァイオリンの教本にはよく使われるお馴染みの曲なのだが、真面目に教本をやっていない私にとっては、本来は縁のない曲だ。

 私には、4年前の発表会の講師演奏のときに、当時のバヨ先生がこの曲を弾かれたときの印象が強烈に焼き付いている。
 その発表会で弾いたのはVivaldiのAllaRustica。自分の演奏はほとんど玉砕状態で意気消沈していたところにこの曲の演奏があって、それでものすごく励まされた思いがした。
おとがくさんも、いつか
この曲を弾けるようになるわよ
ステージの上からバヨ先生のそういうメッセージが伝わってきたように思えた。

 バヨ会でも定番になっている曲だったが、私には弾けないので、この曲が始まったらいつもお休みをしていた。その頃は、パッヘルベルのカノンが弾けるかどうか、というレベルだった。それで、発表会がお終わったら、まずはカノンが弾けるようになりたいと思って、半年ぐらい、レッスンをつけていただいた。それでなんとかカノンが弾けるようになった、というところで発表会の曲にシフトし、その発表会が終わった後で、今度こそとドッペルのレッスンをつけていただくことになった。

 そのレッスンは1年ほど続いた。先生に合わせてもらったこともある。
 少しずつではあるけれど、憧れの曲が弾けるようになっていく。そのプロセスはなかなか楽しいものだった。

 その後いろいろ事情があって半年ほどレッスンを休んだ。ヴァイオリンを辞める覚悟もあったのだが、休んでいるとどうしても弾きたくなって再びレッスンを始めた。
 その時は、次の発表会まで半年というところだったので、発表会用の曲でレッスンを再開した。
 その間に先生が交代され、ドッペルはお蔵入りになっていたのだ。

 この数週間、これから自分にどんなバヨライフがあるだろうかと考えながら、新しい先生に見ていただく曲を、あれでもない、これでもないと思い悩んでいたのだが、いまこのときに、このドッペルなしに自分のバヨライフは描けないということに気付いて、本当にすっきりした思いなのだ。
 きっと、ドッペルがカッコいいとか、そういうことではなくて、これを誰かと弾きたい、という思いの方が強いのだと思う。これが弾ければ、言葉の壁さえ越えて 金髪美女 どんな人とでも合奏が出来るような気がする。

 久しぶりに弾いてみると、弾けていたはずのところも弾けなくなっているし、最後まで通して弾けるようになるのに最低でも何ヶ月かかるだろうかという感じだ。本当に永遠に完成しないかもしれない。
 だけど、部分的であっても自分の手でこの曲を紡ぎ出していると思うと、何とも言えない満足感が込み上げてくる。日本にドッペルがあってよかった。

2014年11月10日月曜日

不惑にして惑う

 今週は久しぶりのレッスン。前の先生の最後のレッスンが台風でなくなって、ご挨拶も出来ないまま先生が交代することになって、やっと1回目のレッスンだ。

 今のスタジオでヴァイオリンを習うようになって10年ちょっと。その間に先生が3回代わられて、今度の先生が4人目。これまで先生が代わられるときは、必ず1度、新旧の先生がいっしょにレッスンを見てくださる日があったのだが、今回はそれがない。たぶん、新しく来られる先生にとっても、これは結構たいへんなことだと思う。このスタジオではこの教本、って決まっていて、この人は何巻っていうのである程度どんなレッスンをすればいいのかが分かれば楽だが、私が知る限り、うちのスタジオでは教本を使ってレッスンを受けている大人受講生はほとんどおられない。しかも、ついこの前に発表会が終わって、いちおうどの方も前にレッスンをしていただいていた曲には1段落が付いたところ。私もその御多分に漏れない。

 2年後の発表会では、「情熱大陸」とヴィヴァルディの「冬のラルゴ」っていったんは決めたのだが、練習していて
何か違う
という引っ掛かりがずっとある。情熱大陸を弾いているのにちっとも情熱大陸っぽくないとか、ラルゴはゆっくりなので却って粗が見えてしまうとか、とにかく自分のイメージと違う。だけど、どう違うのかもわからないし、どうすればいいのかはもっとわからない。

こんな調子で
この曲 見てください
なんて言っていいのだろうか?

 そこへもってきて、久しぶりのバヨ会の曲が気になったり、アマオケに入ろうかどうしようかというような迷いがあったり、これから自分はどんなところで、どんな人と、どんな曲を弾いていくのだろうか、なんてことがちょっと気になって、だけどそこがブレブレで、大袈裟に言えば、いろんな意味でバヨライフが転換点にきているような気もしたり、しなかったり。

こういう時に
大丈夫! 大丈夫!
と言ってくださる先生がおられると、きっと心強いんだろうな、と思う。新しく来てくださる先生と、どうやってそういう関係性を作っていくのか。どの曲を見ていただいたら、あるいはどんなレッスンをしていただいたら、自分のこのモヤモヤが解消するのだろうか。

 スタジオには生徒一人一人のカルテみたいなものがある訳ではないので、新しい先生は、たぶん「この生徒さんはどんな生徒さんなんだろう」ということをご存じでないままお越しになると思う。そういう時は、生徒の方から、自分はこんな経歴で、これぐらい弾けて、こんな曲が好きで、こういうレッスンをしてほしいです、なんてことを自信を持って言えれば、お互いに楽なのだが・・・。