隣町でコーヒーに関するイベントをしていた。その街にある12のカフェのオーナーが、町の美術館の一室に集合して、同じコーヒー豆を、それぞれの店のやり方で焙煎し、それぞれの店のやり方で淹れて、利き酒のように味を比べるというもの。これがなかなか面白かった。
同じ豆でも、深く煎れば苦味がより増し、浅く煎れば酸味が際立つ。粗挽きならばマイルドに、細挽きならばより味わい深く淹れることが出来る。いやそれだけではない、ドリップかサイフォンか、ペーパーかネルか、ゆっくり注ぐのか比較的早く注ぐのか、熱湯なのかそうではないのか。いろんな要素でコーヒーの味は変わる。同じ豆を使っているのに、12店がそれぞれ、まったく違う味なのだ。もしかすると、同じ店でももう一度行けば味は違ったかもしれない。
焙煎こそは店でやって持ってきているが、その場で挽いて、その場でお湯を沸かして、その場で淹れてもらえる。ドリップのときの泡立ち。そこに静かに注がれていくお湯。沸き立つ湯気。それを間近で見ながら、きっとコーヒーの味は、そのときのオーナーの気持ちで変わるのだろうと思った。レシピが公開され、淹れているところをビデオに撮って、その通りに淹れても、おそらく同じようにはならない。
これ、どこか楽器の演奏に似ている。
小さなカップではあったが、さすがに12杯もコーヒーを飲むと、お腹がチャポチャポ言うようだ。そんな体調で地下鉄に乗り込み合奏のレッスンへ。ちなみに、コーヒーのイベントの間、ずっとヴィオラを担いでいたので、相当目立ったかもしれない。
それはさておき、その合奏なのだが、ヴァイオリンの先生がいろんなところで教えておられる生徒さんが集まってする発表会での合奏なので、ほとんどがヴァイオリン。小さな子供は合奏には加わらないが、高校生ぐらいから大人まで、ヴァイオリンだけは20人以上いる。幼少のときから習っている人もいると見えて、そうとうハイレベルな人から、大人になってから始めたという人まで、レベルもいろいろ。それと比べてヴィオラの生徒は私だけ。本番は先生からプロの方に声を掛けていただいて客演で来てくださるそうなのだが、練習のときは20対1という比率になる。そういうなかで弾くpとかppとかは果たしてどう弾くべきなのか。
3曲の課題曲のうちひとつが、とにかくpとかppできれいにハモらせたい曲なのだが、小さく弾こうと思うとどうしても頼りない音になって、きれいにはハモらない。一般的には、弓にあまり重みを掛けないとか、駒から遠いところを弾くとか、弓を運ぶスピードを落とすとか、音を弱く、というか小さくする方法はいろいろあるのだけれど、ここは「弱く」でも「小さく」でもなく「細く」弾きたい。ある意味では、客席のいちばん後ろまで細い針のような音が届くような弾き方をしたい。前回の個人レッスンのときに先生にそう言うと、重みは普通に掛ける。駒からの距離も普通。弓はたっぷり使ってスピードは落とさない。ただし、弓を倒して弦と接する面積を小さくすることで、音を細くしなさい、というご指導をいただいた。今日、合奏で試してみると、20人以上のヴァイオリンの中に私一人のヴィオラが見事に溶け込んで、なかなかグッドなハーモニーを作っている。他の曲に関してはいろいろと課題の残ったレッスンだったけれど、この曲に関してだけは
つかめた
という実感が得られた。
これ、なんだかコーヒーの味と同じなんだよなぁ。深入りすれば苦味が出るとか、細挽きにすれば味わいが深くなるとか、いやそうなんだけれど、そんなことよりも、丁寧に淹れればそれだけ繊細な味になるし、相手のことを思いながら淹れれば、飲む人に好かれるような味になる。
コーヒーも楽器も奥は深い。