2023年4月30日日曜日

これからの記事のネタ(4月の活動概観)

 発表会までは、とにかく発表会第一優先で、いろいろなことを後回しにしていたのだが、発表会が終わると、その後回しにしていた課題がいろいろ出てきた。

 自分の発表会があるので、アマオケの方は後回しだったのだが、いよいよそれも本格的に練習しないといけないなぁ、と思い出したのだが、なにせ曲も多いので、課題は多方面にわたる。

 ひとつ大きなこととしては、5拍子だとか、3/4拍子と6/8拍子が交互に出てくる曲とか、いわゆる変拍子の曲があって、みんなが苦労しているので、とにかく音を出してみた。スコアを借りてパソコンで写譜して、MIDIファイルを作る。自分のパートだけ聴いたり、主旋律だけを聴いたりできるので、練習はしやすくなると思う。自分は練習していないけど、他の人が練習しやすくなるということは、全体としてパフォーマンスを上げることには貢献できるはず。そんなこと言っていないで練習しないといけないのだが。

 写譜をしてみていろいろわかったこともあるので、これはまた記事を書くかもしれない。

 ヴィヴァルディのフルート協奏曲は、まるで音階練習みたいなフレーズなのだが、これがなかなか思うに任せない。会社から帰ったあとでも、音を出さずに指だけ練習すればいいのだが、こういう時に限って仕事も方も立て込んできて、帰りの時間も遅くなりがち。

 Parryという人の曲は、先生も、ヴィオラが難しいと仰っておられたのだが、何度も練習しているうちに、だんだんこの曲の言いたいことがわかってきた感じ。弾けないなりに楽譜を追えるようになってきた。この感覚って言語化しにくいけど、けっこうおもしろい体験だと思う。

 こんなふうに、いよいよアマオケの練習に傾注できるかと思っていたのだが、もう次の発表会がスケジュールに上がってきた。それも8月6日というから、あと4ヶ月(と言っている間に1ヶ月が過ぎてあと3か月)しかない。

 これは事情があって、3月の発表会は先生が主催で、先生が他の教室で教えておられる生徒さんもくる。楽器はヴァイオリンばっかり。そして8月の発表会はスタジオの発表会で、スタジオの生徒さんばかりだけれど、楽器はいろいろ。

 いままでは2年に1回の割合で8月の後半にしていたのだが、コロナで思い通りにいかなかったのと、同じスタジオで習っている子供たちの発表会が毎年あったのだけれども、これも子供の数が減ったので、大人の発表会と合わせて開催することになったとか、いろんな事情があって、急遽きまった感じ。

 2年に1回とは言え、何度か発表会をやっていると、「いつもの方」が顔馴染みになってくる。それで、中年、男性という共通点がある3人でアンサンブルを、という話になって、このところ毎回「出し物」をやっているのだが、肝心の楽器は、クラリネット、ヴィオラ、マリンバと、まったく共通点がない。必ずなにかの曲をアレンジするしかないのだが、これも結構たいへん。もちろん、それはそれで面白いのだが、曲を決めるところから結構時間は取られる。

 それと、スタジオでも弦カルのレッスンを始めたので、弦カルの発表もある。アマオケと違って、1パート各一人。落ちるわけにいかないから、アマオケ以上にしっかり練習していかないといけない。3月の発表会が終わって一段落したところで、次は何の曲? というので候補がいっぱい出てきた。ひととおり練習してレッスンに臨む。

 そういうことをやっていると、自分のソロのレッスンで見てもらって、発表会でソロで弾く曲のことはどんどん後回しになってしまう。

 そんなことで、今月は記事のネタには事欠かなかったのだけれど、ブログの更新まで手が回らなかった。来月は、少しずつネタを放出できると思う。

2023年4月2日日曜日

発表会が終わって

 長い間、準備してきた発表会が終わった。もういつも同じことしか言わないが(言えないが)楽しかった。上手に弾けたかと言えば、毎度これも同じで、練習で弾けたり弾けなかったりするところは本番では弾けない。練習で何度やっても弾けないところが本番で突然弾けるようになることもない。ただ、練習では弾けていたのに本番でやらかした、というような失敗は最近なくなった。それだけ人徳が見についたということか。あとは技術だな。
 今回は、いつものスタジオの発表会ではなくて、スタジオの先生の発表会。先生が別の教室で教えてられる子供たちや大人も参加する。ヴァイオリンの先生なので、楽器は弦楽器ばかり。会場は、いつもは公民館だったり、わりと小規模なところが多かったのだが、今回は500人ぐらいの立派なホール。県立の立派なオペラハウスが隣にあるのだが、ここもなかなか立派な施設だ。ホワイエからは日本一の広さのある湖を一望できる。
 発表会は11時から4時ごろまで、休憩を4回はさんでなんと5部構成。
 第一部が大人中心。私の出番はここ。ソロの発表とアンサンブルの発表をした。子供たちの出番がまだなので、聴衆は少な目。まぁ、そこは多くても少なくても関係なく緊張はするし、関係なく高揚もする。
 第二部からは子供たちが加わる。聴衆が一気に増える。第二部は高校生以上と思しき子供たち、というより大人と言っても差し支えない年齢なのだが、子供の時から習っている人たち、という括りで「子供たち」の方に入っている。第三部は客演に来てくださっているプロ奏者の演奏。第四部は比較的幼い子供から順番に中学生ぐらいまで。そして第五部が子供たちによるアンサンブル。生徒が弾いているのは、私以外は全員ヴァイオリンなので、アンサンブルでヴィオラやチェロが必要なところはプロの方が弾く。
 5部構成とあって、最後まで聴くとなかなか聴き応えがあった。
 まだ幼い子供は別にして、大人と子供のどちらがうまいかと言えば、言うまでもなく子供の方が上手い。でも、その上手さには二種類あって、
ああ、こんな曲が弾けたらいいな
と思うタイプの上手さと
ああ、こんなふうに弾けたらいいな
と思う上手さがある。どちらがよりレベルが高いかという問題ではない。教則本に載っているようなお馴染みの曲でも、「わぁ」と思わせる弾き方もある。その曲を弾きたいという訳ではないが、とにかく演奏には引き込まれる。難しい曲をヒラヒラと弾いているのも、もちろんすごいと思うし、羨ましいのだが、なかには「長いなあ」と感じさせてしまう演奏もないわけではない。自分はこっちのタイプで、しかも上手くもないので、偉そうに言える立場ではないが。
 最後に弾いた小学校四年生の女の子は、その両方を兼ね備えていて、10分近い、それもかなり難易度の高い曲を弾いていたのだが、まったく飽きさせない。グイグイと演奏に引き込まれていく感じがする。こんなふうに弾くために必要なのは、はたして技術なのか、人徳なのか。自分にはまだまだどっちも足りないな、と思った一日だった。

2023年3月25日土曜日

煽り運転はやめましょう

 いよいよ発表会本番が来週に迫ってきて、今日はピアノ合わせがあった。ヴァイオリンの先生が代わってから以降、ずっと発表会のたびにお世話になっている先生だ。

 曲の仕上がり具合がいまひとつの状態で迎えたピアノ合わせなのだが、いつものメトロノームと違って、相手も人間というところはやはり面白い。曲の仕上がり具合と言ったが、実はまだそんな偉そうなことをいえる状態でもなくて、とにかくメトロノームと合わせて最後まで弾けるかどうか、という状態だ。メトロノームを動かしっぱなしにして、とにかく出来ないところを何度も弾く。本当ならそういうことはちゃんと出来たうえで曲作りなのだが、とてもそんなところまでは行けていない。

 メトロノームと合わせていても、音符が込み合ってくるとどうしても弾くことに必死になってしまって、あまりメトロノームの音が聞けていない。そして往々にしてそういうところでペースが速まって、その後に自滅してしまう。そんな繰り返しだったのを、なんとか走らないようにする、というのが目下の課題だった。

 メトロノームの場合、ちょっと走り出したところで気分を落ち着けてメトロノームの音を聞くようにすれば元に戻せる。しかし、ピアノだと、こちらが速度を上げて煽り始めると、ピアノの方からも煽られるようになる。その部分だけを弾いていれば、それはそれで面白い。実際、ただ焦って速くなってしまうというだけでなく、上昇音階の部分で音楽が盛り上がっていくにしたがって自然と速くなっていくというところもある。そういうところをピアノと一緒に盛り上げていけるのは、確かに面白い。音楽が生き物だということがよくわかる。

 しかし、それで元の速度に戻れなくなると、あとあとで困ってしまう。実際、後ろの方は弾けないところが続出。それでも頭の中では歌えているので、途中から戻ることはできるのだが、それが二度三度と重なるのは、いくら発表会とはいえ、あまり格好は良くない。

 それで、今日のレッスンでは、2か所ほどの「落着きポイント」を指定。どんなに走ってもそこで落ち着く。それから、ここはいったんフレーズを切って、ヴィオラの準備ができてから引き出すまでピアノが待つ、というようなポイントもできた。もはやメトロノームでは練習ができない。

 まだちゃんとは弾けていないのだが、ここまでくれば、もう引っ込むわけにはいかない。コロナも去年の秋に罹ったばかりだから、当日、急にコロナに罹ってしまうこともないだろう。ステージに載るしかない。あとは顔だな。顔。楽しそうに弾いていればそれなりの説得力もある。あと一週間は顔の練習。

2023年3月4日土曜日

4月の発表会に向けて その後

 4月に発表会があって、目下この曲を練習しているという記事をアップしたのは昨年12月。

 そのときの記事を改めて読んでみると、この曲について「いっかい6年前のスタジオの発表会で弾いているが、いろいろ不本意な演奏だったのでリベンジをしたい」なんてことを言いつつ、「それなりに練習が進むようになってきた」「いつもつまずくところがだいたい決まってきて、そこはそこでそこだけ練習する、というようなスタイルが定着しつつある」なんてことを書いている。

 さて、その後どうなのか。

 結論を言えば、あと1ヶ月となっているのに、ぜんぜん仕上がらない。リベンジのつもりが、返り討ちにあってしまうのは必定のペース。

 第1楽章はいちおう12月の段階でそこそこに楽譜を追えていたので、第2楽章の、いつも弾けないところを中心に練習していたのだが、そこは相変わらず弾けない。しかし、第2楽章ばかり練習していたのと、第2楽章は急楽章で、音の雑なところは速さである程度誤魔化せてしまう。むしろ第1楽章の方が課題が多い。とにかく、楽譜が追えているところから前に進んでいないので、音程も音色も雑でひどい。緩楽章だから速さで誤魔化すこともできず、もう穴があったら入りたい気分。どっちか片方の楽章に絞るにしても、どっちもあまり仕上がっていない。

 やっぱり曲が難しかったか。

 それにしても、音色ってどうすれば良くなるんだ。音程だとか、フィンガリングが追いつかないとか、ゴールがわかっていて、何がよくないのかがわかる場合は、練習のしようもある。出来るかどうかは別だけど。オケの方なら、弾けないところは放っておいて、誰か弾ける人に任しておくということもできる。ところが、音色がよくないのは、何をどうすればいいのか見当がつかない。オケでも本当はこれは結構まわりに迷惑をかけてしまう。いちおう弾けるから弾こうとするんだけど、それで全体が濁ってしまう。そこまで誰も気にしていないのかも知れないけど。いや、ソロの発表会となると気にしないわけにはいかない。こりゃ、緩楽章を弾くときの永遠の課題だな。

 

2023年2月26日日曜日

Vivaldiの「海の嵐」

 毎週通っているアマオケは弦楽だけのアンサンブルなのだが、ご指導くださる先生の誼(よしみ)で、大学の管弦楽団の現役の学生や卒業生がエキストラにやってくる。いちど一緒に弾いた人が、また行きたいと、卒業したあとも都合をつけてやってくるようなこともあって、それはそれで嬉しい。

 昨年来、フルートを吹く人が、ぜひ、うちのオケで吹きたいと言っているらしく、それならばと先生にリクエストしたのが、アントニオ・ヴィヴァルディのフルート協奏曲 作品10の1番「海の嵐」。オケのみなさんにも受け入れていただいて練習に励んでいる。

 ヴィヴァルディが活躍した頃のヴェネツィアは、地中海交易で栄えた港湾都市。商品を満載した、当時としては大型の船を、アドリア海に漕ぎ出し、大波をものともせず、富と出会いを遠い異国の街に求めていたはず。

 第1楽章の、まるで音階練習のような旋律は、まさに、その大波の中を大型船が進んでいく様子を描写しているように聞こえる。空は晴れ渡り、風が帆を膨らます。細波の浜辺から大海原へ、旅の始まりを予感させる。

  第2楽章は緩楽章。情景は一変して静かな入り江。月明かりが照らす海面をわずかに揺らす細波に、錨を降ろした船体もわずかに軋む。船員たちは、長旅の疲れを癒すために酒を飲み、少し酩酊しているのだろうか。

  第3楽章は再び急楽章。ただ、もう一度、大海原に漕ぎ出すのではなく、朝の陽ざしを受けて、艀(はしけ)に商品を積み替えて陸揚げし、さらに内陸の街へと運ぼうとしている情景ではないだろうか。当時の港には岸壁はなく、大型船は沖合に停泊して、そこから荷物を陸揚げしたり、そこに荷物を積み込んだりするには、小型の船を使って陸地との間を往復したはず。

 陸揚げが済み、新しい旅の準備が整った。さあ出発だ。

  ヴィヴァルディのフルート協奏曲集 作品10は、6曲の協奏曲で構成される。この「海の嵐」はその第1曲。物語の始まり、旅の始まりをイメージさせる曲を第1曲に据えた理由は、なんとなく分かるような気がする。

 フルートを吹いてくださる方とは一度もお会いしたことはないが、うちのメンバーの何人かは、別のステージでいっしょに弾いたことがあるらしい。私たちとの出会いに何かを期待して、ヴェネツィアの商人よろしく、大海原を渡るイメージで来ていただけると、なんだか嬉しいと思う。