テレビドラマで注目の曲。こういう流行りを押さえておけば、例えば、忘年会で「なんか弾け」と言われたときに困らない。ちょっとまとまった練習時間があるときには、「指慣らし」にちょうどいいかも。
ふつうのヴァイオリンブログなら、ここで「弾いてみた」音源とか動画とかをアップするのだけれど、残念ながらそのご期待にはあまり応えることが出来なので、ここは別の角度から薀蓄を述べることにしたい。
ドラマでは「バッハのG線上のアリア」と言って憚らないのだが、実はこの言い方は正確ではない。『音楽中辞典』(音楽之友社,1979)によると、「G線上のアリア」は、「バッハの管弦楽組曲第3番の第2曲《アリア》をヴィルヘルミ(1845~1908)がヴァイオリンのG線だけで演奏するように編曲した曲」だそうだ。「編曲」というのは創作の一形態なので、「G線上のアリア」を創作したのは誰か、となると、ドイツのヴァイオリニスト、アウグスト・ヴィルヘルミということになる。バッハが作曲した「管弦楽組曲第3番」とは別の著作物と言える。
写真の楽譜は、パブリックドメインとなっているバッハの管弦楽組曲第3番第2曲の楽譜をネットからダウンロードしてきて、ハ長調に移調し、1オクターブ下げたうえに、ネット上にあるこの曲の音源から一部を手直しし、さらに自分が弾きやすいようにアレンジをしたオリジナルの楽譜だ。確かに自分で「編曲」らしきことをしているが、この創作のなかのもっとも重要な部分、つまりハ長調に移調して1オクターブ下げるというアイデアは、100年以上も前に既にヴィルヘルミが行っているので、これをヴィルヘルミとは別の新しい著作物ということはできない。ヴィルヘルミの著作である「G線上のアリア」を記譜という形で新たに表現したもののひとつにすぎない。ただし、ヴィオラでの演奏のためにハ音譜で書かれている点は、かなり特異な点と言えるが、それとて世界で初めてのものではあるまい。
この楽譜を作成するためにダウンロードしてきたバッハの管弦楽組曲第3番の第2曲の楽譜には、英語で「Air from Orchestral Suite No.3/J.S.Bach」と書かれていたので、標題には「from J.S.Bach Orchestral Suite No.3」と英語で副題をつけている。しかし、もともとドイツ人であるヴィルヘルミの著作物なので、標題はドイツ語で「Air auf der G-Saite」とした。しかし、この判断はかなり怪しい。
ヴィルヘルミのこの著作物は、おそらく最初はヴィルヘルミ自身の「演奏」という「表現」の方法で人々の前に公開されたのに違いない。もちろん、そのころに録音や動画を残せる技術はなかったので、この表現形は現存しない。次にそれをヴィルヘルミ自身かあるいはその演奏を聴いた人が記譜することによって、「楽譜」という表現形で人々に公開された。おそらくこれがこの著作物の原型といえそうだが、果たしてそこに「Air auf der G-Saite」と書かれていたのかどうかは怪しい。「G線上のアリア」は、もっと後になって、誰かが、あるいは特定の誰かではなく人々が、この曲を呼称するのに用いるようになった標題で、最初の楽譜には、たとえば「Air」とか、そんなふうに書かれていたのではないかと思う。そうだとすると、例えばドイツのどこかの図書館の貴重書庫にこの曲の初期の楽譜があったとしても、「Air auf der G-Saite」というキーワードでそれを探し出してくることは難しそうだ。
仮にそれが探し出せたとして、そこに「バッハの管弦楽組曲第3番の第2曲をもとにアウグスト・ヴィルヘルミが編曲した」ということが書かれてあれば(おそらく書かれていると思うが)、それでやっとこの曲とヨハン・セバスティアン・バッハとを結びつけることが出来る。
ということで、私の楽譜では、創作者は「August Wilhelmj」として副題に「J.S.Bach」を入れている。
そこにこだわるよりも、演奏の上手い下手にこだわれよ。
いや、ごもっとも。
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