2022年12月8日木曜日

4月の発表会に向けて

 アマオケに入団すると、どうしても演奏会の曲を練習する時間が長くなって、スタジオのレッスンが後回しになりがち。いぜんは、アマオケで弾く曲をスタジオのレッスンで見ていただいたりしていたのだが、数年のうちに状況が変わって、スタジオはスタジオ、アマオケはアマオケと、それぞれ切り分けて、アマオケの曲はスタジオに持ち込まないことにした。

 いちばん大きな変化は、スタジオでもアンサンブルのレッスンが始まったこと。ヴァイオリン2人とヴィオラで始めたレッスンが、最近はチェロも参入して弦楽四重奏のレッスンに。難易度はそれほど高くはないけれど、これはこれでしっかり練習していかないと、みんなのレッスンを無駄にしてしまう。

 二つ目の変化は、これまでの2年に1回のスタジオの発表会に加えて、毎年3月か4月に、先生が主催される発表会ができたこと。アンサンブルも発表するのだが、ソロの発表もしたいとなると、それなりに練習もレッスンも必要になるので、レッスンでアマオケの曲を見ていただくような時間もない。

 とはいうものの、やはりアマオケの定期演奏会のような大きなイベントが近づいてくると、家でする練習時間のほとんどはアマオケの曲に取られてしまう。しかし、それも落ち着いて、やっと少ない練習時間から発表会の曲に割く割合を一定確保できるようになってきた。

 以前の記事で練習がスランプに陥っている話を紹介したが、その後、少しずつ曲を通して弾けるようになってきて、それなりに練習が進むようになってきた。正確に言うと、いつもつまずくところがだいたい決まってきて、そこはそこでそこだけ練習する、というようなスタイルが定着しつつあるところ。できないところばかり繰り返し練習するのは、やはり精神的にはきついのだが、もうどこが弾けるのかわからない、という状態から考えると、数段、ステージが上になっていると思う。

 もっか練習しているのはこれ。動画は普通にヴァイオリンで弾いているけれど、ヴィオラ用にオクターブ下げて譜面を起こした。

  これ、いっかい6年前のスタジオの発表会で弾いている。しかし、いろいろ不本意な演奏だった。スタジオの発表会はまだだいぶ先なのだが、その前に先生主催の発表会があるので、そこでリベンジをしたい。そんな感じの選曲なのだ。ただ、練習していると、よくこんなので発表会に出たなぁ、とつくづく思う。

ぜんぜん弾けてないじゃん。

6年前の無謀ぶりを改めて省みつつ、リベンジに向けて、少しづつでも前に進む。

2022年12月1日木曜日

新型コロナウィルス感染!

 流行しだした頃は、こんな記事を書いたら、なんて不謹慎なとバッシングの嵐を覚悟しなければならなかったものですが、だいぶ風向きが変わってきました。届け出があるだけでも、もう国民の4~5人にひとりが罹患しているのですから、もはや「国民病」※1。誰もが順番に罹る「当番」か「お勤め」のような病気になり、罹ったことを隠さないといけないような雰囲気とか、最初に罹ったのは誰だ的な犯人捜しの雰囲気は、いつのまにかなくなってますよね。

 それで、私にもそのお勤め当番が回ってきました。土曜日辺りから倦怠感があり、ひどい眠気があるのによく眠れないという予兆があって、日曜日に微熱、食欲の著しい減退。夜中になると38度台まで熱が上がり、月曜日に発熱外来を受診。PCR検査を受けて火曜日に新型コロナウィルスに罹患していることがわかりました。熱はいったん下がったものの、鼻詰まりや咳込みがひどくなり、火曜日から再び微熱とひどい倦怠感に苦しみました。きっとこれでも「軽症」なのでしょう。

 会社は1週間休み。休んでいいとは言われるけれど、その間、別の人が仕事を全部やってくれるわけではないので、これも痛しかゆし。症状のあるうちは休めて有難いけれど、症状が軽くなって普通に生活できるようになると、狭い寝室に閉じこもって、食事も家族に運んでもらい、トイレに行くときは、アルコールの瓶を持って声を潜めて行く、歯を磨くのも家族が寝た後、というような生活をしていると、会社行っている方がよくね、と思ってしまいます。まあ、インフルエンザの場合も同じなので仕方ないですが。


 火曜日までは、ひどい倦怠感で、新聞さえ読む気がしなかったのですが、水曜日ぐらいから徐々に体調が戻り、ネットニュースを見たり、動画を見たり、本を読んだりと、少しづつ集中力のハードルを上げて、ついにヴィオラケースを開くことに。体調は良くなったとはいえ、いちおう病人ですから、思いっきり音出し練習、なんてことはせずに、まずはフィンガリングだけ。そのあとは指ではじいて軽く音を出すぐらい。

 時間はたっぷりあるのだけれど、病気による倦怠感があって、なかなか長時間、集中して練習ができません。メトロノームを鳴らしながら左手を運ぶ練習をしていても、どこかでつまずいて、やり直してもうまくいかなくて、なんてことが続くと、たちまち練習が嫌になってしまいます。いや、これ、病気の所為じゃないかも。


 木曜日の朝の状態は、頓服を服用しないで熱が37度前後。読書したり考えごとをするぐらいの集中力は回復。ときどき咳込みがあり、食欲は油脂や刺激物以外なら何でも受け付ける程度。出口が見えてきました。

 以前は、罹患する前の行動を事細かに聞き出されて、それが無防備に世間に晒されたりしたものですが、いまはそういう尋問もなく、私の場合はどこで罹ったのかは不明。どんなに注意していても、絶対に罹らない方法なんてないのだから、それでいいと思います。これで、罹った人が適切な治療を受けられなかったり、重症化しても放っておかれたりすることのない「罹っても大丈夫」な社会が出来れば、「withコロナ社会」といってよいのではないでしょうか。


※1 デジタル大辞泉で「国民病」の意味を引くと「国民の多くがかかり、人口が減ったり生産力が下がったりするなどの大きな影響を及ぼす病気」となっているので、まさにそのとおり。昔の結核のような不治の病ではないので、人口が極端に減ることはないけれど、生産力は下がって、いろいろ問題を引き起こしていますね。クルマが納車されないとか。

2022年11月25日金曜日

「パヴァーヌ」の蘊蓄

  『カプリオル組曲』とその原典である『オルケゾグラフィ』についての蘊蓄をつらつら書き記すシリーズ記事。前回の「バス=ダンス」に続いて、今回は「パヴァーヌ」についての蘊蓄です。


アルボー

…パヴァーヌは廃れてしまったわけでも、まったく踊られていないわけでもありません。昔ほど頻繁に踊られていないことは事実ですが、私は、決して廃れることはないと思っています。パヴァーヌは、一般的にバス=ダンスの前に踊られていたものです。今の楽士は、良家の娘が結婚式を挙げるために教会に向かうとき、また何某かの名士の信徒会の司祭たちや旗手や会員たちを先導するときにパヴァーヌを演奏します。

p.28v


カプリオル

このパヴァーヌとバス=ダンスは、優雅で荘重なものであって、高貴な方、とくにご婦人方や令嬢方にふさわしいと思います。

アルボー

貴族の男性が踊るときはケープや剣をつけたままでよいのですが、あなたのようなそれ以外の人たちの場合は、長い上衣をまとって礼儀正しく落ち着き払って足を運びます。そして令嬢方はつつましやかな物腰で目を伏せ、時おり、処女のような恥じらいをもって列席の人々を見ます。とくにパヴァーヌは、厳かな祝祭の日に、王や王子や大貴族たちが、立派なマントや儀式用の服に身を包んで姿を見せるときに用いられます。もちろんそのとき、王妃や王女や貴婦人たちも服の裾を長く引いて、時には令嬢方に裾を持たせて共に進みます。

pp.29r-29v


 踊りというよりも、舞踏会の会場に高貴な方が入場されてくるときの入場行進曲のような体のようです。『カプリオル組曲』では2曲目に配されていますが、1曲目にした方がよいのかもしれません。インパクトは確かにバス=ダンスに敵いませんが。

 『オルケゾグラフィ』には「4声のパヴァーヌ」という譜表が掲載されていて、歌詞も書かれています。太鼓をバックにした合唱曲のようです。再現してみました。


 なかなかいい感じです。歌詞は再現できませんでした。初音ミクを連れてくれば再現できるかもしれないのですが…

 『オルケゾグラフィ』も『カプリオル組曲』もまだまだ続くのですが、『オルケゾグラフィ』で通読して面白いのはここまで。実は、この2曲は比較的、ダンスのステップが単純で、『オルケゾグラフィ』を読むのにそれほど苦労はありませんでした。この先はステップが格段に難しくなります。ひとつひとつのステップについては、挿絵を見て、文章を読んで、自分でやってみて、というようなことをしながらでないと理解ができません。そして、ひとつひとつのステップを理解したうえで、そのステップをどの順番で踊っていくのかが説明されています。『カプリオル組曲』に収録されている舞曲だけでなく、ガボットとかクーラントとか、わりとお馴染みの曲についても解説されているのですが、ステップの解説を、辞書を引くように見ながら読まないと、どんな踊りなのかよくわかりません。

 それで、図書館で借りた本はいったん返却して、本屋さんに取り寄せてもらうことにしました。暇なときに真剣に読もうと思っています。

 演奏の方もちょっと難しくなって、踊りの練習をしている場合ではないのですが…。

 そんなことで、再開がいつになるかはわかりませんが、奮発して本も買ったので、たぶん、いつかこの続きの記事を書くと思います。お暇な人だけ見てください。

2022年11月24日木曜日

「バス=ダンス」の蘊蓄

 16世紀にフランスで著された音楽と舞踏の指南書、『オルケゾグラフィ』(トワノ・アルボー著)について紹介、来年の定期演奏会で『カプリオル組曲』を弾くかもしれないので、その原典の『オルケゾグラフィ』を読んでいるという話、兵隊の行進で音楽の基礎理論が解説されている話とやってきて、今回はやっと、『カプリオル組曲』についての記事になります。

 『カプリオル組曲』は6つの舞曲で構成されていますが、1曲目は「バス=ダンス」です。やっとご婦人の手をとってダンスが始まるのですが、ずいぶん暗くて重たい曲です。この曲もニ短調、『オルケゾグラフィ』が著された当時の言い方だと「第3旋法」あるいは「フリギア旋法」と呼ばれていた調性で、自然に怒りの感情を呼び起こし、アレクサンドロス大王を猛り狂わせたという調性です。なぜ「娯楽の踊り」の最初にこんな暗い舞曲をもってくるのか。それには理由がありそうです。

カプリオル

さて、私たちは今、広間の端に立っています。楽士たちはバス=ダンスを奏し始めます。どのような動きで、私たちは進み始めればよいでしょうか。

アルボー

最初の動きはレヴェランスreverence(挨拶)です。それは大文字Rで表されます。2番目の動きはブランルbranleでb、3番目の動きは2つのサンプルsimples(シングル)でss、4番目の動きはドゥブルdouble(ダブル)でd、5番目の動きはルプリーズrepriseで小文字rで表されます。

カプリオル

標準的な普通のバス=ダンスを踊るのに必要なものはこれですべてですか。

アルボー

バス=ダンスにも、バス=ダンスのルトゥール(折り返し)にも、他の種類の動きはありません。いま述べた種類の動きを何回も繰り返すのです。

…

バス=ダンスの動きに関する覚え書き

R b ss d r d r b ss ddd r d

r b ss d r b c.

カプリオル

最後に置かれたcという文字は、どんな意味ですか。

アルボー

それは相手のご婦人に対して行うコンジェcongé(別れの挨拶)のことで、ご婦人の手をとったまま軽くお辞儀をします。

pp.25v-26r

 つまり、5つの動きと最後の挨拶さえマスターすれば踊れる簡単な踊りだから、最初にもってきたのです。踊り方については長くなるので引用しませんが、跳んだり跳ねたりの複雑なステップはなく、『オルケゾグラフィ』を読めば私でも踊れそうです。当時の踊りを書き記すことで後世に残そうとした著者トワノ・アルボーの面目躍如です。

 それにしても暗くて重い。先生に訊くと、現代の楽器で演奏するから必要以上に重くなっているのかもしない、とのこと。前の記事で紹介した兵隊の行進のように、当時から一般に用いられていたであろう笛や太鼓で演奏すると、それほど暗い感じにはならないのかもしれません。

 ちょっと試してみました。


 どうですか。わりと牧歌的ですね。まだ練習し始めたばかりなので、どんなふうに仕上がっていくのかわかりませんが、個人的にはあんまり重い感じにはしたくないように思います。

アルボー

実はバス=ダンス全体は3つの部分から成るのですが、最初の部分が今言ったバス=ダンスで、2番目の部分がそのバス=ダンスのルトゥール、3番目すなわち最後の部分がトルディオンと呼ばれます。…

p.26r

 『カプリオル組曲』では、2曲目がパヴァーヌ、3曲目がトルディオンです。パヴァーヌはバス=ダンス以上に荘重な雰囲気の曲ですが、トルディオンは軽やかで生き生きとした拍どりになります。

 次回の記事は、パヴァーヌについての蘊蓄の予定です。


2022年11月23日水曜日

拍取りと太鼓のバトマン

 来年の定期演奏会で『カプリオル組曲』を弾くかもしれないので、その原典の『オルケゾグラフィ』を読んでいるという記事の続き。

 『カプリオル組曲』は、「Basse Danse」という舞曲から始まるのですが、『オルケゾグラフィ』は、踊る前にいろいろ音楽の基礎についての講釈があります。邦訳版から引用します。

アルボー

ではご要望に応えて、それについて私が知っていることをお話しましょう。こうした題材を扱ったり実際に踊ったりするのは、いま69歳でもある私にはふさわしくないかもしれませんが。

最初に戦いの踊り、その後で娯楽の踊りについて話しましょう。戦いの行進の際に使われる楽器としては、ブッキーナとトランペット、リテゥウスとクレロン、ホルンとコルネット、ティビア、フイフル、アリゴ、太鼓、それにこれらの楽器に類似したもの、同じく今言った太鼓に類似したものがあります。

p.6v

 アルボーの講釈は、まず兵士の行進の拍取りと太鼓のバトマン、つまり太鼓の打ち方の話から始まります。ここで、いまの四分音符(形は二分音符に似ていますが)にあたる「ミニマ」、八分音符(これも形は四分音符に似ています)にあたる「セミミニマ」、16分音符(くどいようですが、形は八部音符に似ています)にあたる「フーサ」の説明があります。下がその説明なのですが、四分音符は「タン」、八分音符2つのところは「テレ」、16分音符4つのところは「フレー」とかフリガナがついています。

The Library of Congress (https://memory.loc.gov/cgi-bin/ampage) より

 『オルケゾグラフィ』には原典としては、4つの版があることが知られていて、ヨーロッパの名立たる図書館などに所蔵されています。そして、この原典を複製した版がいくつか作製され、さらにそれらを写真に撮って複製した「ファクシミリ版」というのが20世紀後半から作られるようになりました。ここで紹介している画像は、米国議会図書館のデジタルアーカイブで公開されているもので、1589年に刊行された原典を撮影して作製されたファクシミリ版がもとになっていると思われます。原典に近いものがこんなに簡単に世界中から閲覧できるのはありがたいことです。

 邦訳版を読み進めていくと、兵士の行進や戦闘の際の太鼓のリズムについての説明が続き、そのリズムに合わせた笛の吹き方の説明が始まります。

カプリオル

これで私も多分、[太鼓の]バトマンと拍取りに合わせて、軍隊の歩調でうまく行進したり踊ったりできそうです。しかし、どうして鼓手には笛吹きがひとりふたり付いているのですか。

アルボー

私たちがフイフルと呼んでいるものは、6つの孔のあいた小さな横笛のことです。…このフイフルの代わりに、アリゴと呼ばれるいわゆるフラジョルとかフリュトが使われることがあります。…

カプリオル

フイフルやアリゴを吹くのに、何か特定の方法があるのですか。

アルボー

太鼓の音に合わせて区切りを付けさえすれば、奏者は好きなように吹いてよいです。でも、音楽家が第3旋法と呼んでいるフリギア旋法は自然に怒りの感情を呼び起こすので、リディア人が戦闘に赴くときに使ったと言われています。歴史が記すところによれば、ティモテオスがティビアをこの旋法で演奏すると、アレクサンドロス大王は戦闘に赴くために猛り狂ったように立ち上がりました。…彼はこの方法でインド人を征服したのです。インド人たちは、わめき散らしながら無秩序な群集の状態で前進してきたので、簡単に蹴散らされて負けてしまったのです。

pp.17v-18r 

 この対話の後で旋律のある譜表が示されます。「音楽家が第3旋法と呼んでいるフリギア旋法」というのは、注釈や解説をいろいろ読んで、たぶん、いまのニ短調ではないかと思われます。そう思って、書かれている譜表から旋律を再現してみました。


 いろいろわからないことを適当にやっているので、本当にこれで合っているかどうかは疑わしいのですが、アレクサンドロス大王を猛り狂わせた旋律としては、なんだか牧歌的というか…。まぁ刺激の少ない時代だったのでしょう。

 次回はいよいよ『カプリオル組曲』について書きます。