2018年1月7日日曜日

今年の初レッスン

 正月休みは終わっているけれど、まだなんとなくお正月の空気が漂う3連休の初日に、さっそく今年最初のレッスンがあった。新年のあいさつが終わって、先生から、忘年会はどうだったというご質問。年が明けても覚えていてくださったんだ。

だいぶ上手になりましたね、っていわれました。
いや、そうじゃないんですけどねぇ。

これには先生も苦笑。「でも、そういうストレートな感想、大事ですよ。」と先生の仰ることも比較的ストレートなんですけど…。ま、しかし、いちおうは褒められているので、それはそれで素直に受け取って、練習すれば、かなりヘタッピだったものでも多少は進歩するんだと思って、今年も練習に励むしかない。少なくとも、「去年の方が良かったですね」と言われないように。

 さてさて、去年の最後のレッスンで「発表会はもう少しテンポのある曲の方がいいですね」と仰っておられたので、そういうのを選んで練習してきた。

テレマンです。

というと、「また、そんな難しいのを持ってきて~」と言葉にはされないけれど、そういう反応。いや先生、そういうのがいいと仰ったじゃないですか。ともあれ、いちおうレッスンで診てもらうことを念頭に、多少の(いやだいぶ)練習はしてきた。その成果や如何に?

 まず緩楽章の第1楽章。
 なんか「のーん」って感じですね
曲の盛り上がりとか、ストーリーとか、そういうのがなくて、ただ「だらー」と弾いた感じ。お、先生、音楽性について仰っておられるじゃないですか、と思ったのだけど、そういうこともでもなさそう。緩楽章でのご指摘は

弓の配分を考えましょう

ということだった。音程だとか他にもいろいろあるのだけれど、弓の配分は最初に考えておかないと、あとでそれを直すことが出来ない。アヴェ・マリアのときは、弓にチョークで印をつけて、その印を見ながら弾いたりしていたものだが、そのうちそんな印を見ることはなくなった。見なくてもちゃんと配分できるようになったのかどうかは定かではないが、それと同じことをせよ、ということのようだ。

 第2楽章は有名なのだが、ある理由でやめた。発表会は持ち時間が5分ほどなので、テレマンだったら楽章2つぐらいが限界。第1楽章は緩楽章で第2楽章は急楽章だから、この組み合わせでもよかったのだが、第2楽章は、ヴィオラのソロが弾き終わってからしばらく伴奏が続くので、そのあいだ、どんな顔してステージに立っていたらいいかよくわからない。聴いていても「あれ、いまので終わり?」って感じになりそうだ。それで、同じ急楽章で第4楽章を弾こうと思っている。これは最後の楽章だから「はい、ここで終わりね」って感じでちゃんと終わる。
 ともあれ、弾いてみた。だいぶゆっくりだ。メトロノームと格闘してきただけに、明らかにリズムがおかしいというところはなかった。だけど、聴いている先生の顔は冴えない。前半を弾いたら「もう言うことはいつもいっしょなんだから~」という雰囲気が伝わってくる。

おとがくさん、いつもそうなんですけど
弓をちゃんと置いてから
弾かないから、それで8割ぐらい損していますよ。

 それで8割も失っていたのか。じゃ、いつも言われていたリズムだとか音程だとか、全部完璧にしても20点しか取れないじゃん。
 弓をちゃんと置いてから弾き始めないから、いつから弾き始めたのかが分からない。いつから弾き始めたのかが分からないので、リズムがあっているのかどうかわからない。つまり間違っているように聞こえる。特に移弦のときに、弓が流れているみたいで、そこでリズムが崩れてしまう。それに、どこから弾き始めたのか分からないので、弓の配分もいい加減になる。
 打開策としては、開放弦で練習すること。
 練習の最初の5分は開放弦、なんてことも考えたのだが、時間で区切るのではなくて、ここまでできたらフィンガリングをつける、みたいにやらないとダメとのお達し。

 今年もまた言われることはいっしょなんだが、いつもより気になったので、カラオケボックスで練習。音の出る瞬間を意識しながら弓を動かしてみると、いままでのだらだらした感じがなくなって、なんかきびきびした感じに聞こえてくる。

もしかするとこういうことかもしれない
でも違うかもしれない

とりあえず、次のレッスンまではこれで練習してみるか…

2018年1月4日木曜日

弾き初め

 最近はお正月といってもどこの店も開いていて、なんだか「お正月」という気がしない。子供の頃は、百貨店も4日から(そういえば毎週木曜日は休みだったっけ)で、3日まではどこの店もシャッターが閉まっていて、門松を描いたポスターに「新年は 日から営業します」と書かれているその空欄に、それぞれのお店が「4」だとか「5」だとか数字を書き込んでいたっけ。おせち料理はスーパーで買うのが当たり前、お店も元旦から開いていて、みんな気忙しく働いているところに、優雅な琴の音色だけが偽善的にお正月気分を醸し出す風景が、すっかりお正月のスタンダードになってしまった。果たして、この国はこれで豊かになったのか。ともあれ、私自身は今日までお正月休み。別にどこに行くというわけではないが、ゆっくりさせていただいている。きのう、お正月も関係なく24時間営業のカラオケボックスで弾き初め。いつもよりお客さん多くて忙しそう。心なしか店員さんの元気がないように思えたので、アリバイ的にひとこと。

お正月も働いていた人は、
どっかでゆっくり休んでね。

 去年の定期演奏会が終わったあと、ゆっくりな曲でも「とりあえず弾ける」ではなくて「ちゃんと弾ける」レベルまで仕上げたいと思って、しばらくグノーのアヴェ・マリアを見てもらっていたのだが、結局、ちゃんと弾けるレベルにまでは達することなく、忘年会の本番を迎える。

だんだん上手くなってきましたね~

とお褒めの言葉をいただくのだが、いや、目指していたのはそれではない。もともとこの曲、「発表会映え」のする曲ではないのだが、このレベルから今年の8月の発表会までにどれだけレベルを上げても、

うぉ~

というレベルまで上げていくことは出来なさそうだし、そうなると「なんだ、簡単そうな曲だぁ」という印象で終わってしまう可能性が高い。それに、アンサンブルの練習が始まればそっちの曲に練習時間の多くが割かれることも容易に想像できる。去年の最後のレッスンで先生も「発表会はもう少しテンポのある曲の方がいいですね」と仰っておられた。裏を返せば「アヴェ・マリアでは駄目ですよ」ということのようだ。

 そんなわけで、ヴィオラの名曲の中から、「ヴィオラと言えばこれでしょう」という定番を引っ張り出してきて、ネットで楽譜をダウンロード。知っている曲なので、譜読みは楽なのだが、いつもそれでNGが出るので、知らない曲だと思って譜読みをする。
 いくつかのフレーズに分けて練習をする。いちおう、それぞれのフレーズを通すことはできるのだが、弾いてみて一発で通せた試しがない。15~20小節ぐらいのフレーズを5回ぐらい繰り返したら、5回目ぐらいにやっと通せるという感じ。次はひとつの楽章を最初から最後まで練習して、5回目ぐらいにはやっと通せるというレベル。その次は3回目で。それから1回目で通せるようにする。そのあとテンポアップをしていって、発表会で弾く速さで通せるように…

 なんとも遠大な計画だ。

 今年の初レッスンは今週土曜日。
 はたして、心地よく発表会の年のスタートが出来るかどうか。



2018年1月1日月曜日

今年の目標

 あけましておめでとうございます。
 昨年は、こんな独り言みたいなブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。今年も、ほぼ「文字数制限のないツイッター」として、呟き続けると思います。昨年は、月によっては「1回だけ」というような更新頻度でしたが、それでも毎月更新できました。今年は、たまに読みに来てくださる方が飽きないように、せめて半月に1回ぐらいは更新したい(←希望的目標)です。

 さてさて、ブログのことではなくて、リアルの方の目標だが、ここ数年は
年末まで続けること
という不動の目標に毎年取り組んできた。そして、ここ数年、その目標は毎年、達成している。「続ける」ということがどれだけ大切で、しかしどれだけ難しいかは、改めていうまでもないのだが、昨年は、アンサンブルにも参加して、続けている内容もさらに深まったと思う。
 今年もまた5月ぐらいからアンサンブルに参加して、9月か10月の定期演奏会に載りたい。昨年、載ったロビーコンサートだとか、保育園の発表会も楽しみだ。他に、今年は、いつもレッスンを受けているスタジオの発表会と、3カ月に1度ぐらいアンサンブルレッスンを受けているスタジオの発表会もある。練習しなければいけない曲数も、数年前に比べるとものすごく増えている。アンサンブルに縁のない頃は、1年かけて1曲を弾くという感じだったのだが、昨年はついに初見でステージに載る(←ほとんど弾けなかったけど)というところにまで行き着いてしまった。
 こうなってくると、技量的にはこれまでとはまったく違うものが求められる。弾く曲を人よりもたくさん練習して、なんとか他の人の足を引っ張らないようにするというのではなく、どんな曲でもそこそこに弾ける基本的な技量が必要だ。たとえば楽譜を読む力だとか、ロングトーンできれいな音を出す力だとか、重音になったときにどっちを弾くかを瞬時に見分ける力だとか、超絶フィンガリングをいかにもやっているように見せる力だとか、自分の弾けないところを弾いていると見せかける力だとか、間違って音を出しても顔に出さない力だとか…。 ま、とにかく、「この曲だけは弾ける」という、その曲にしか通じない技量ではなくて、どんな曲にもも通用する汎用的な技量ということなのだが、これまで10年以上、教本で地道に練習するという道を外れてきたことのツケがここにきて出てきたといえる。
 そんなことも踏まえて、今年の目標は
愉しむこと。
発表会のステージもあるのだが、「上手」と思われるより「愉しそう」と思われたい。そりゃ上手に越したことはないのだが、それは上手に弾ける方が愉しいからで、上手に弾くために愉しくするのではない。
 子供のレッスンだと、これまでよりも難しい曲が弾けるようになるとか、これまでよりも上手に弾けるとか、技芸の上達という目標があって、そのためには愉しくしないと続かないし、家でも練習をしないから、上手になるために愉しくすることがあるかもしれない。愉しむことは、上達のための手段だとかストラテジーであって、目的、目標はやはり上手に弾くことだろう。
 でも大人は違う。昨年、いろんな方のお話を聞いて、やっぱり上手に弾けたら、上手に弾けないよりももっと愉しいだろうな、ということが分かってきた。テレビに出てくるような五嶋みどりさんだとか、諏訪内晶子さんのような、「上手」を極めた人は、さらにその「上手」を極めようと、苦しい練習に励んでおられるイメージがある。でも、それが私たちのような素人をを含めて、ヴァイオリンやヴィオラを弾く人、全員に課せられた使命ではない。昨年、出会った人はみんな私よりも上手な人ばかりだが、さらに上手になろうという努力に増して、少しでも多くの人と一緒に愉しもうという努力をされているように思えた。上手に弾ければ、いろんな人と弾く機会もできる。難しい曲が初見で弾ければ、急に呼ばれてステージに載っても大丈夫。だから上手に弾きたいと思う。上手に弾くことが目的なのではなく、愉しむことが目的で、上手に弾くことはそのための手段だとかストラテジーになっている。

 だから、今年の目標は愉しむこと。愉しめるように上手に弾くこと。

 もし、機会があれば、リアルでも一緒に愉しんでください。


2017年12月27日水曜日

今年最後のレッスンと忘年会

 ヴィオラのことだけでもいろいろあった一年ももうすぐ終わり。今年のブログのネタを辿ってみると、ドラマ「カルテット」にはじまり、アンサンブルへの再入団、ロビーコンサート、定演、保育園での演奏ときて、最後は忘年会での演奏(←これは今日のネタ)。人前で弾く機会が多かったし、いろんな人のお話も聞かせてもらった。

 さてさて、その1年の最期のレッスンが先週の土曜日のお昼にあった。その日の夜は忘年会。本番前の駆け込みレッスンだ。
 前回のレッスンでいろいろ指摘されたことが全部克服できたわけではない。それでも、リズムがわるいと言われればメトロノームと格闘し、音程がわるいと言われればチューナーと格闘する。姿勢がわるいと言われれば動画を撮って観てみたりもしたのだが、姿勢よりも顔がよくない。ちょっと難しいところに差し掛かると、とたんに顔をしかめ始める。
ここ、上手く弾けないんです。
ということが顔でばれてしまう。それに何と言っても音色だ。弾こうとしている曲はゆっくりの曲。

ミーーーーーーーファーーーーーーソーーーーーレーミーーーーーンン

と、とにかく同じ音を長く伸ばすフレーズから始まる。先生曰く、
「ソ」まできて、やっと「あぁあの曲か」っていうのがわかる
とのこと。いやそれはそうなんだが、やりたいことはそうではない。たまたま同じようにミの全音符から始まる曲があっても、それはそれ、これはこれというように、最初の音で曲の雰囲気を作ってしまいたいのだが、アヴェ・マリアどころか、ヴィオラの音にも聞こえない。笙みたいな音だ。そんなこというと笙の演奏家に叱られそうだが、笙の音は笙の音、ヴィオラの音はヴィオラの音って、ちゃんと違う音が出ないといけないはず。

 そこで練習の方は最後の作戦、顔で音を作る作戦に転じた。弾けていようと弾けていまいと、どんな音色が出ていようと、とにかく素晴らしい音が出ていると信じて弾く。そうすると、顔だけ見ていると上手く弾いているように見える。果たして、その練習の成果は?

 本番当日のレッスンだから、もう先生も細かいことは仰らない。
いつも言いますけど、開き直りですよ。
と言われて、毎回開き直って本番を迎えているのだが、今回もその例に漏れなかった。ただ、最初はもう少し、「この曲を弾くぞ」という気持ちが欲しい。音程を合わさなきゃとか、丁寧に始めなきゃとか、そういうことばかり考えていると、何の曲なのか分からないから、なんか、待ち歩いていて挨拶もなしにいきなり話し掛けられたような感じがするという。今日は伴奏はないけれど、伴奏があるものは伴奏をイメージして、歌詞のあるものは歌詞をイメージして、それが全部、音に出る。何も考えていなかったら何も考えていない音しか出ない。

 はい。仰るとおり。

 本番の方は酔客相手で、こちらも少し酔って演奏するので、
ま、こんなもんか~
ってぐらいの演奏はできた。他に、サックスを弾く人、尺八を弾く人、歌を歌う人なんかがいて、それぞれ日頃の技芸を発表されるのだが、ひとり、朗読を発表された方がおられた。カルチャークールに通っておられるそうだ。考えてみたら、音楽を鑑賞するときに楽譜を見て鑑賞はしない。ならば文学鑑賞も文字を見ることに拘ることはなく、楽器を演奏するように朗読をしてもらって、それを鑑賞するというスタイルがあっていい。図書館では、目の見えない人のために本の「音訳」というのをやっているらしい。朗読と音訳は感情の込め方が違うらしいのだが、それにしても、老後にやりたいことがひとつ増えたような気がした。

2017年12月5日火曜日

リズム

 先月は、私の都合でレッスンをキャンセルしたので、1カ月以上、間が空いてレッスンを再開した。その1か月間の前半はほとんど練習が出来ていなかったものの、後半は練習を再開。前のレッスンで言われていたのは、リズムと弓の返しだったので、とにかくそこを重点的に練習したのだが、再開後のレッスンでも、やはり言われたのはリズムと弓の返し。

 うむむ… なんて進歩がないのだ。

 レッスンの冒頭。
 「なんの曲をやっていましたっけ」と先生。「AVE MARIAです」「誰の?」
 そこで「Gounod」が読めない私。外国人の名前はたいてい読みにくいが、フランス人の名前はいちばん読みにくい。ま、ロシア人の名前をЧайковский なんてロシア語で書かれた日には撃沈間違いなしなのだが、Gounod=グノー は読めそうで読めない。

 いや、でも、ちゃんと調べていたんですよ。
 前回のレッスンでは、長く伸ばす音を中心にリズムが取れていないという注意を受けて、伴奏をイメージしながらというアドバイスをもらったのだけれど、調べてみたら、この曲の伴奏って、バッハの平均律クラヴィーアなんだ。あ、聴いたことがある! そういえば途中でやたら臨時記号がつくところがあるけど、そうか、それはバッハが「どうだ。平均律ってこんなことできるんだぞ」と言わんばかりに作曲した曲に載せているからなんだ。なんてことをイメージして、メトロノームさんといっしょに練習してきた。
 その効果があってか、長く伸ばすところのリズムは何も言われなかった。

 問題は、2分音符の前に装飾のようにつく16分音符。「マリーーーーーーーアーーー」ってなるところの「マ」のところが16分音符でもない、8分音符でもない、変な長さになっている。先生に見本を見せてもらって、「いや、そう弾いているつもりなんですけど」と言ってみたものの、「そうなっていない」と軽く撃沈。
 移弦の前やポジション移動の前は、その先を焦っているせいか、音が短くなりすぎで、しかも次の音が早く出すぎ。なんかこれもデジャヴな感じ。

 ま、それでもわずかに進歩はしたのか。
 長い音は言われなかったしな。

 とりあえずレッスンを再開できたことが進歩なのかも。