2024年7月14日日曜日

アンサンブルの行方

 5年前から、スタジオでアンサンブルのレッスンを見ていただいている。私が言い出してみなさんを巻き込んで、それで5年間続いているものなのだが、新しい方が入って来られそうだ。

アンサンブルを始めたころの話はこちら
アンサンブルの発表に向けて~これまでの経過~
アンサンブルの発表に向けて~誘ってみた~
アンサンブルの発表に向けて~選曲~
アンサンブルの発表に向けて~選曲の続き~
アンサンブルの発表に向けて~曲決定~
アンサンブルの発表に向けて~初レッスン~

 最初の頃は、ヴァイオリン2人とヴィオラ1人で、子供の発表会で演奏されそうな曲を弾いていたにすぎないのだが、そのうち、スタジオの奥様を巻き込んで弦楽四重奏の形になり、パッヘルベルのカノンを弾いて、いまはアイネ・クライネ・ナハトムジーク(1,2楽章)に取り組んでいるというところ。

 そのアンサンブルのレッスンに、最近、見学者の方がお一人来られた。チェロの方だ。そして来週はヴァイオリンの方が参加されるという。この方は、以前の発表会でアンサンブルの発表をしたときにコンマス席に座っておられた方で、アマオケにも入っておられて、おそらくアイネクぐらいは完璧に弾かれるんじゃないか、などと想像しているのだけれど、果たしてどうだろう。

 ひとりそういう方が入って来られると、ヴァイオリンのソロのあるようなヴァイオリン協奏曲なんかも候補に入れられるので、選曲の幅が広がる。下手さ加減に愛想をつかされないように頑張らなければ。

2024年6月9日日曜日

テレマン再び

 先月はブログの更新が出来なかった。すぐに調べられるので、このブログを始めて以来、更新のない月はいつだったか調べたところ、2013年の9月、11月、12月だけ。実に10年以上、毎月最低1回は更新していたことになる。われながらたいしたものだ。その記録も途絶えたのだが。

 4月に発表会が終わってから、どっちの方向にいくか、なかなか展開が見通せない。ひとつは、スタジオの発表会がどうやら今年はないということになりそうなことがある。アンサンブルレッスンでやっているアイネ・クライネ・ナハトムジークも、クラリネットとのデュオで弾くパイレーツ・オブ・カリビアンも、たぶん8月にはスタジオの発表会があるだろうという見通しの下に練習していたのだが、発表会がないとなると、終着点の見つからない練習になってしまう。

 それで、新たな目標として、来年の4月にあるであろう、先生主催の発表会を設定することになるのだが、そうなるとパイレーツ・オブ・カリビアンが浮いてしまう。

 しかし、クラリネットとのデュオは、スタジオの発表会があってこその出し物。ここのスタジオのいいところは、いろんな楽器のレッスンが受けられるところで、しかも、大人からでもやっている人が多いということ。クラリネットのMさんと私の共通点は「おっさん」「大人から道楽としてやっている」「それなりに真剣」ということと、スタジオへの帰属意識なので、このデュオは、スタジオの申し子みたいなものだ。今年の発表会がないとなると、次の発表会までお披露目はお預けするしかない。

 そんな訳で、これまで、ソロのレッスンの時間に見ていただいていたパイレーツ・オブ・カリビアンはしばしお預け。その代わりにテレマンを見ていただくことにした。昨年の発表会でグタグタだったやつだ。あの時はいろんな事情があって準備不足だった。今回は9か月ほどあるので、なんとかそこそこのレベルに持っていきたい。

 それと、しばらく中断していたカイザーも見ていただくことにした。発表会が近づくと、どうしても発表会の曲ばかりに注意が向けられがちなのだが、いまなら少し時間を取ってみていただく余裕もある。

 アンサンブルレッスンの方は、アイネ・クライネ・ナハトムジークの1楽章に加えて2楽章も。これも目標を8月から来年の4月に切り替えて、少々長丁場でやっていく。

 そんな感じで、やっと今後数か月の展開が見えてきた。先月のうちにこういうことを考えておけばブログも更新できたのに、…いや、1ヶ月たくさん練習できたのに。

2024年4月21日日曜日

走る

 レッスンでよく「走らない」と言われるのだが、その意味するところが初めて分かった。

 練習でも、メトロノームと合わなくなって、焦って合わそうとすると、1拍早まったりすることがある。フィンガリングのややこしいところとか、小指を使うところとか、ポジションを移動するところとか、特に最近先生から指摘されるのは移弦するところとかで、拍が合わなくなってしまう。たいていは先に進んでしまう。これを「走る」というのだと思っていた。それは半分は正しい。けれど、半分は理解できていなかった。

 ただ速くなるというだけではなく、そこでテンポを失ってしまうのだという。「走る」というより「転ぶ」という感じになるようだ。

 アイネクの最初のフレーズ。四分音符を弾いたら、八部休符の間に一回弓を上げて戻して、それから八分音符を弾くのだけれど、そこの八分音符を弾くところをビビってしまって、テンポ感を失ってしまう。四分音符であまり弓を使わず、元弓だけで弾くようにすることで解決するかも。

 6小節目、八分音符での刻みにアクセントが付くところ。ソソソソ ララララ ラドファラ の「ラドファラ」の最後の「ラ」だけA線に移弦して開放弦で済まそうとして移弦にもたついているから、4指使って移弦をなくすとか。

 八分音符で刻むところは、全部の八分音符が同じような音色になるように気を付けないと、移弦の直後だったり小指だったりでテンポ感がなくなってしまうとか。

 まだまだ課題満載だなぁ。

 ところで、こんなページを見つけた。
 https://violin-sonata.com/7986/
 なんか、自分と同じ性格の人が書いているような気がしてならない。




2024年4月7日日曜日

発表会が終わってホッと


 お世話になっている先生の教室の発表会が終わった。今回は、ソロの発表をされる方ももちろんおられたのだけれど、大人も子供も、アンサンブルの発表がメインになっていた。いろんなレベルの方がおられるので、先生も苦労されたのではないかと思う。選曲は、アイネク3楽章のメヌエット、アルカデルト(16世紀にローマで活躍した作曲家らしい)のアヴェ・マリア、ベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章の主題の部分を弦楽四重奏にアレンジしたもの。ヴァイオリンの先生の教室なので、ファーストとセカンドはそれぞれ10人以上なのだが、ヴィオラとチェロは各1人。そこに客演の先生がひとりづつ付いて、さらにコントラバスが付くという、人数的にはアンバランスで、ヴィオラとチェロは責任が重い編成。なかには子供の頃からやっていて大学生ぐらいになったというメンバーもいるけれど、半分以上は私と同年代。これだけの人が、わりと取っつきにくそうな(実際は他の楽器と比べて殊更にヴァイオリンが難しい訳ではありませんが)楽器に取り組んでいるというのが、なんだか嬉しい。ふだん通っているスタジオとは違う場所でレッスンを受けておられる方もいて、年に1度しか会わないけれど、顔は知っている、という程度の「知り合い」も何人かはおられる。
 そんな、あまり親しい訳ではない方でも、控室でそれぞれが音を出しているところで「合わせてみましょう」というと、自然と合奏が始まる。こういうときに、本当に楽器をしていてよかったと思う。とくにモーツアルトなんて、世界中で知られている曲なんだから、いつだってこうして合奏ができるじゃないか。しかも自分は希少価値のあるヴィオラだし、多少、下手っぴでも、数には入れてもらえる。
 本番はプログラムの先頭で3曲。本当にあっという間に終わってしまって、あとは他の方や子供たちの演奏を聴くのだけれど、自分の番は最初に終わっているのでどの演奏も落ち着いて聴いていられる。いつも思うけれど、子供の頃からやっていてある程度の年齢になっている人は、とにかく凄い。音色なんだ。音色が違う。楽譜通りに弾くのは当たり前で、そこにきちんと曲を付けてくる。これがなかなか出来ないんだ。毎度のことながら「敵わなねぇ」という思いで帰ってくる。しかし、自分の本番は卒なくできたから、まずがホッとした、というのが正直なところだ。

2024年3月23日土曜日

妄想リサイタル

 地元に「音楽振興会」という団体があって、県にゆかりのある若手音楽家を表彰したり、そのリサイタルを企画されたりしているのだが、そのリサイタルを聴きに行った。市内の、民間で運営している100席ほどの小さなホール。昨年、その団体が主催する「新人演奏会」で表彰された、ピアノ、チェロ、ヴァイオリンの奏者が、それぞれソロかピアノの伴奏で演奏するリサイタルだ。

 ヴァイオリンの方が演奏されたのは、プロコフィエフの無伴奏ヴァイオリンソナタ ニ長調 op115と、ヴァイオリンソナタ第2番ニ長調op.94。演奏されている方は違うが、こんな曲だ。

 学がないのを白状すると、プロコフィエフという名前は最近まで知らなかった。恩田陸の小説『蜜蜂と遠雷』で、主人公のひとりである亜夜がピアノコンクールで弾く曲が、プロコフィエフのピアノ協奏曲だったので初めて知ったウクライナ生まれのロシアの音楽家(この辺りはどう説明したらいいのか分かりませんが)。ロシア革命のときに、日本を通ってアメリカに亡命した、といったことが、手元の『音楽中辞典』(音楽之友社. 1979)に紹介されている。普段、演奏しているバッハやモーツァルトに比べたらずいぶん最近の人で、「現代音楽」といっても差し支えないぐらいではないだろうか。

 その奏者の演奏を聴いていても、無性に楽器が弾きたくなる。普段は合奏ばかり聞いているし、ソロで弾いていても何となく物足りなく思うことが大野だけれど、こうして聴いてみると、こういうのもいい。発表会でソロの演奏もしようかな、という気持ちもわいてくる。ピアノもチェロも、
こんどこの楽器のレッスンを受けてみようかな
なんて、実際にヴィオラのレッスンを受けていることも忘れて、素直に思ってしまう。最初にピアノで弾かれたバッハのパルティータ3番イ短調なんて、ピアノで弾くならこの曲かな、なんて思いながら聴いていた。

 実際に弾けるわけはないが、考えるのは自由なので、しばし妄想に浸ってリサイタルを目一杯楽しんだ。