ちゃんとした弦楽四重奏だとチェロが、ズンパッパ、というリズムを刻んでくれるのだが、いつものアンサンブルはヴァイオリン2本とヴィオラ。渡された曲はメヌエット。ヴィオラが「ズンパッパ」とリズムを取らないといけない。ところが、特にG線やC線になると、弓を動かしてから音が出始めるまでに、わずかに「フシュッ」と滑る感じがある。当然、頭の中で描いている通りのリズムにならない。同じような問題が、速いパッセージを弾くときにもあって、2音ずつのスラーなんかだと、最初の音が鳴らないうちに2音目だけが大きく響いてしまう。
まだ弓毛も弦も交換したばかりだ。この交換でかなり良くはなったのだが、馴れというのはすごいのか、もう1ヶ月以上もこれで弾いていると、まるで前からこうだったように思えてきて、なおかつそれを道具の所為にしようという「何とかバイアス」というのが働く。といっても、弓を変えたり楽器を変えたりというのはたいへんだ。数千円以内で変えられるものといえば松脂ぐらいしかない。
そういえば思い当たる節がないわけでもない。以前は、練習し終わったら駒の周りは松脂だらけだったし、丹念に松脂を塗ったあと弓をトントンと叩くと弓毛から粉が落ちたりしたものだが、最近はそういうことがない。しかし、松脂というのはいちど買えばなかなか減らない。落として割れたりということでもなければ買い替えるチャンスというのはそうは巡ってこない。当てにならないことの方が多いネット情報に当たってもみたが、松脂を変えて音が変わった、なんて記事もない。このコロナ禍の中ですっかり出不精となってしまった身には、隣町の楽器店までいって松脂を買うことがすっかり億劫になってしまっている。
それでこんな仮説を立ててみた。
松脂の表面が
乾燥だとか酸化だとかによって
劣化しているのではないか
だとすれば、わざわざ新しい松脂を買わなくても、表面を何とかして、まだ劣化していない内側を使えばよい。
例えば、真っ二つに割る、とか、表面を削る、とか。
お出掛けするのはそれを試してからでもいい。
実際にやったのは、松脂をライターで炙ること。ネットの情報によると、松脂の融点は摂氏70度。少し炙れば数秒で溶ける。このまま炙り続けると、溶けた松脂がぽたぽたと滴りそうなのだが、そこまではやらない。表面は、何度も弓毛にこすりつけているので、細かい傷がついてざらざらした状態だったのだが、いちど溶けて固まれば、ツルツルになって、琥珀色の半透明になる。この状態で少し冷ます。
そしていよいよ使ってみる。
いちど弓毛で表面をこすると、1時間ほど前のようにざらざらの状態に。いつもより丹念に塗って弾いてみる。
ををを!
弓と弦の接するところから粉が出ている。駒の周りが粉だらけだ。以前には良くあったのだが、最近はこういうことはなかった。
では音は?
圧倒的に弾きやすくなった、とは思えない。こんなに松脂を塗っているのに、やっぱり滑ることは滑る。
やはり道具の所為ではなかったのか(←そりゃそうだろ)
しかし、このあと衝撃の出来事が起こる。
1時間ほど練習をして、階下に降りると、娘がテレビを観ていた。練習で少し疲れたのでコーヒーでも飲もうかとお湯を沸かし始めると、娘がわざわざ「おとうさん、今日はいい音がしていた」という。おそらく「いつもの変な音と違って」という部分が省略されているのだが、それにしても、娘にヴィオラを褒められたのはこれが初めただ。
みなさん。やはり道具はだいじですよ。道具は。
道具の所為にするのは恥ずかしいことではありません。