最初のうちは、他の人が上手に弾くと、それよりも上手く弾かなければ、という思いに縛られていたのだが、今回はすっかりそこから解脱している、と思う。誰かと競って勝たなければという思いに縛られる必要がないのは、オリンピックに出場するアスリートとは明らかに違う。いや、オリンピック選手ももしかすとと、そこから解脱したところに結果があるのかもしれないが。
今回の発表会で発表するべきものは、これからもヴァイオリンを続けますよ、という意思だったかもしれない。昨年の今頃、諸般の事情でヴァイオリンを続けられず、いったん中断したあと、いろいろな思いを巡らせて復活。長い間お世話になった先生がご退職されたり、このブログに書いていること、書いていないこと、いろんなことがあって、けっして順風満帆でも、お気軽お気楽でもなかった。そういう中で弾くバッハ無伴奏は、「これからも続けるぞ」という静かだけれど固い意志が込められているように思える。
そりゃもちろん、聴いている人にそんなふうに聴いてもらえるような演奏もできないし、弾いていてもそんなふうには聞えないのだが、そこは心の耳で聞けばそんなふうにも聞えてくる。
午前10時前に会場に付くと、すでにステージではリハーサルが始まっている。リハーサル室にもピアノがあるのだが、そこも本番前の駆け込み練習でテンションをあげようという人が入れ代わり立ち代わり練習をされている。その横でもしばらく練習していたのだが、ピアノやマリンバなど移動させるが難しい楽器だとか、ピアノの伴奏があるような方にリハーサル室を譲って、外で練習。裏口から出たところは国道脇で、車道は盛り土の上なのでクルマからは見られず、木陰もあり、向かいはガソリンスタンドという立地。幸いそれほど暑くもないので、そこで練習をする。外で弾くというのは久しぶりだ。バッハの旋律が蝉しぐれの中に溶け込んでいく。
とりあえず、自分のソロのリハーサルまでは、アンサンブルは置いておいてソロの練習だ。そうこうしているうちにリハーサルの順番が回ってきた。
内輪の発表会とはいえ、立派なステージをあてがわれ、緊張してくださいと言わんばかりにスポットライトが当てられる。しかし、このときは不思議と冷静だった。いつものことだが、このリハーサルのときがいちばんいい演奏が出来る。音色は普段とは明らかに違う。強弱だとか緩急だとかはとにかく大袈裟にやってみるのだが、それがまったくわざとらしくは聴こえない。小さな音で弾いていてもしっかり客席に響いていて、その響きがわずかな時間のずれを伴って聴こえてくる。
この曲は、同じような旋律が続いているけれど、最初のところは、麦穂を風が揺らすように、強弱は付けるのだけれどアクセントは付けないように弾くとか、途中のところは波が岩を砕くようにアクセントをつけて弾くとか、最初は麦穂が揺れているので、強く揺れて弱く揺れて、の繰り返し、途中のところは波が寄せてきてドッカーン、スーッと波が引いていく、とか、自分なりに結構いろんなことを考えて表現しようと思っていたのだが、そういう表現の幅が普段よりも格段に広がるような気がする。
会場全体が楽器になっていて、いままでは、スタジオだとかカラオケボックスの部屋だとかをキャンバスにして試作品を描いていたのを、さあ本番はこのキャンバスに思いっきり描いてください、と言われている感じだ。小さなキャンバスには描けなかった細かいところも描けるし、全体的にはもっと大胆に表現してもちっとも不自然じゃない感じ。
あとで録音を聴いてみると、音程を外していたりとか間違えたりとかして「どうしよう」とステージで思っているところがそのまま録音されている。
表現したいと思っていたところは、なんぼ何でもここまでやったらやりすぎだろう、とちょっと控えたところが、いやいやもっと大胆にやってもいいんじゃない、って感じだ。
全体的にはなかなかいい感じにテンションが上がってきた。
今日はなかなか調子がいいかもしれない
(つづく)
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