アンサンブル練習の帰りに団員の方と同じ電車に乗った。このアンサンブルは地元の方が多く、電車で通うのは少数派。一緒になったのはいつも超絶技法!を披露してくださる方なのだが、楽譜を拝見すると、全部に階名と指番号が振られていた。
練習のときに、いきなり楽譜が配られて、初見大会よろしく練習することがあるので、みなさん、音符を読んで初見で弾けるものと思い込んでいたのだが、それぞれ見えない努力をされているのだと、そのときに思った。
ヴァイオリンを弾く人の中には、相当長くされておられて超絶上手い人の中にも、ドレミが頭の中にない、という方もおられるようだ。目に入った音符が頭の中で指番号に変換され、それで身体が動く、という具合だ。
私も、ト音譜にはよく指番号を振っていた。ト音譜の真ん中のドよりも高いところとか、下線のドより低いところとかは、ドレミなんてまったく頭の中にはない状態だ。
それがハ音譜になって、それまでは小学校で習った知識でなんとか一部は読めていたものが、まったく読めなくなった。それで仕方なく、音符に全部ドレミを振るようになって、音符→ドレミ→身体 という回路がだいぶできてきたところだった。
そうは言っても、反射的に動けるのは、ハ音譜の真ん中のドからラぐらいまで、それもファーストポジションだけだ(←ほとんどD線だけ、キリッ)。それも、音符→ドレミ というプロセスが弱く、フリガナのドレミを見て身体を動かしているという状態だった。
自分としては、次は、フリガナを見なくても音符からドレミを連想できるようにして、それで自動的に身体が動くというところを目指していたのだが、これはかなり時間が掛かりそう。時間が掛かるけれど地道にやっていかなければ、と思っていたのだが・・・
このところ、レッスンでもブランデンブルクを見ていただいていて、運指と練習方法についてアドバイスをもらっている。それでフリガナの振り方の話題になって、先生からも指番号を振るようにご指導があり、それまでは指番号を振ることをなんとなく「後退」しているように思っていたのが吹っ切れた。高いところは赤、低いところは青、なんてことも先生からアドバイスしてもらった。
アンサンブル練習の帰りの電車で見せていただいた楽譜には、オレンジ色のペンでフリガナが振られていたので、それに倣ってオレンジ色で書くことにした。キラキラ星の指の位置を基準に、半音高いところは赤、半音低いところは青、と色を変えていく。
いままでドレミを振るときも、移弦をしたらフリガナを書く位置を変えていたので、その方針はそのまま。
全部に振るのではなく、集中的に練習するところから振っていく。そこばっかり弾いてみて、運指を定めて、フリガナを振って、またそこばかり練習して、それで今度は通して見る、といった具合だ。
ちなみに私は、音符に振ってあるドレミを「イタリア語のフリガナ」、指番号はを「アラビア語のフリガナ」と呼んでいる。
2015年7月19日日曜日
2015年6月29日月曜日
演奏は芝居だ
アマチュアアンサンブルのコンサートを聴きに行った。このアンサンブルを聴くのは3回目だ。
ずいぶん前に、会社の取引先の方が所属されておられるアマオケのコンサートに行って、プログラムにチラシが挟まっていたので聴きに行ったのが1回目。その時もそうだったが、選曲が自分好みなのだ。場所は今回も隣町のクラシック専用ホール。チェロはプロの先生が客演で演奏された。
アマチュアといってもここのアンサンブルのレベルはかなり高い。セミプロ級だ。初めて聴いたときから「すごい」とは思っていたが、実際に自分もアンサンブルで弾いてみて、このレベルで弾くのはかなり難しいということがわかった。ほとんどの方は大学のオケの経験があるのではないだろうか。あるいは音大の方もおられるかも、というぐらいのレベルだ。
選曲もなかなか魅力的。
客演の方が登場されるのは3曲目。ヴィヴァルディの「二つのチェロのためのコンチェルト」だ。先生は真赤なドレスで登場。きれいな方だ。そして、二つのチェロだからもう一人のソリストがおられる。それはアンサンブルの方なのだが、客演の先生がレッスンをされておられる生徒さんだということだ。
なんか、めちゃくちゃ 羨ましいぞ
こんなきれいな先生と、セミプロ級のアンサンブルをバックにして、ステージに二人並んでチェロ弾くなんて・・・
いや失礼。
ちょっと違う方向に筆が進んでしまったが閑話休題。
この日はこの曲が一番印象に残った。何が印象に残ったかというと、プロの人って顔で演奏するんだ、ってこと。この曲はト短調の重い旋律なのだが、演奏が始まるぞ、と言うときには「来るぞ」という顔が出来ている。気持ちが出来ているのだと思う。歌詞も何もない曲なのだが、ただ音が並んでいるだけではなくて、そこにストーリーがイメージされていて、そのストーリーを演じる役者として演奏しているのだと思う。
この曲の場合だと主役が2人いるのだが、もう一人の方も先生と同じ顔になっている。まさかレッスンで顔のつくり方を教えてもらう訳ではないだろうから、顔が同じということは気持ちが通っているということだろう。何処のフレーズをどう弾くか、だけではなくて、どう聴かせるのか、というようなことも、きっと何度も話されたことだろう。
こうして演奏されているとき、先生は、となりの生徒は、いったい何を考えながら弾いているのか、いちど詳しく聞いてみたいものだ。
私なんかだと、台詞を覚えるだけでレッスンが終わってしまうところだ。本番も台詞を言うのに必死で、演技なんて構っていられない。それに私なら、長いセリフとかのあとにドヤ顔が入ったりしてしまう。それでは芝居にならない。演奏しているふりをするという意味では芝居になるかもしれないが・・・
ずいぶん前に、会社の取引先の方が所属されておられるアマオケのコンサートに行って、プログラムにチラシが挟まっていたので聴きに行ったのが1回目。その時もそうだったが、選曲が自分好みなのだ。場所は今回も隣町のクラシック専用ホール。チェロはプロの先生が客演で演奏された。
アマチュアといってもここのアンサンブルのレベルはかなり高い。セミプロ級だ。初めて聴いたときから「すごい」とは思っていたが、実際に自分もアンサンブルで弾いてみて、このレベルで弾くのはかなり難しいということがわかった。ほとんどの方は大学のオケの経験があるのではないだろうか。あるいは音大の方もおられるかも、というぐらいのレベルだ。
選曲もなかなか魅力的。
客演の方が登場されるのは3曲目。ヴィヴァルディの「二つのチェロのためのコンチェルト」だ。先生は真赤なドレスで登場。きれいな方だ。そして、二つのチェロだからもう一人のソリストがおられる。それはアンサンブルの方なのだが、客演の先生がレッスンをされておられる生徒さんだということだ。
なんか、めちゃくちゃ 羨ましいぞ
こんなきれいな先生と、セミプロ級のアンサンブルをバックにして、ステージに二人並んでチェロ弾くなんて・・・
いや失礼。
ちょっと違う方向に筆が進んでしまったが閑話休題。
この日はこの曲が一番印象に残った。何が印象に残ったかというと、プロの人って顔で演奏するんだ、ってこと。この曲はト短調の重い旋律なのだが、演奏が始まるぞ、と言うときには「来るぞ」という顔が出来ている。気持ちが出来ているのだと思う。歌詞も何もない曲なのだが、ただ音が並んでいるだけではなくて、そこにストーリーがイメージされていて、そのストーリーを演じる役者として演奏しているのだと思う。
この曲の場合だと主役が2人いるのだが、もう一人の方も先生と同じ顔になっている。まさかレッスンで顔のつくり方を教えてもらう訳ではないだろうから、顔が同じということは気持ちが通っているということだろう。何処のフレーズをどう弾くか、だけではなくて、どう聴かせるのか、というようなことも、きっと何度も話されたことだろう。
こうして演奏されているとき、先生は、となりの生徒は、いったい何を考えながら弾いているのか、いちど詳しく聞いてみたいものだ。
私なんかだと、台詞を覚えるだけでレッスンが終わってしまうところだ。本番も台詞を言うのに必死で、演技なんて構っていられない。それに私なら、長いセリフとかのあとにドヤ顔が入ったりしてしまう。それでは芝居にならない。演奏しているふりをするという意味では芝居になるかもしれないが・・・
2015年6月14日日曜日
そして弓を買う
平日の会社帰りに楽器店に寄り、出された弓を工房で借りている弓と弾き比べる。楽器店のものの方がよいと思ったのだが、ひとまず結論は出さずに検討することにした。
こうして迎えた週末。
工房に申し訳ないと思いつつ、もう一度、楽器店のものを弾いてみようと店を訪ねる。たまたまオールドヴァイオリンの展示会をしていて、試奏をする人も何人かおられるという状況。前回は店のフロアで試奏したのだが、この日は試奏室を宛がわれた。試奏室で弾くとまた感じが変わる。前回よりも発音がはっきりしてくる感じがする。しかし、それは工房の弓も同じ。その条件でもう一度弾き比べてみて、また悩む。前回と同じ、フロアでも弾いてみた。やはり楽器店のものがいい。
まだ悩む。
もともとヴィオラ弓なんてそんなにストックされているものではない。予算を言えば、その店の中ではもう他に選択肢はないのだ。
他の店も見てみるか…
もう、工房の弓は候補ではなくなった。しかし、まだここで迷いが出て、いったん保留のうえ店を後にする。
商店街でたい焼きを買って小腹を満たす(こんな時になぜたい焼きなのか)。
近くにある小さなお寺の境内で心を鎮める(たまたま腰掛けるところがあったからなんだが)。
CDや楽譜を物色する(このときは弓のことばっかり考えていた)。
きっと他の店に行っても、こんなふうに悩むばかりで結論なんて出ないだろう。今日は工房さんの厚意で弓を借りているが、大手の楽器店ではそうもいかない。モノがない状態で比較するというのは、弾く環境の違いだとか自分の記憶という不確定要素が加わるから、ますます選択が難しくなる。
そろそろ決め時か
店に引き返す。
もう試奏は必要でない。
購入の旨を伝えてクレジットカードを差し出す。
こうして新しい弓がヴィオラケースの中に納まった。
そして工房から借りていた弓を返さないといけないのだが、なんだかデートの約束をしていたのに他のカノジョとのデートを理由にそれを断るみたいな感じで申し訳がない。実生活ではそんな経験がないので、そういうときの気持ちをどう表現すればいいのか想像もつかないのだが…。
こうして迎えた週末。
工房に申し訳ないと思いつつ、もう一度、楽器店のものを弾いてみようと店を訪ねる。たまたまオールドヴァイオリンの展示会をしていて、試奏をする人も何人かおられるという状況。前回は店のフロアで試奏したのだが、この日は試奏室を宛がわれた。試奏室で弾くとまた感じが変わる。前回よりも発音がはっきりしてくる感じがする。しかし、それは工房の弓も同じ。その条件でもう一度弾き比べてみて、また悩む。前回と同じ、フロアでも弾いてみた。やはり楽器店のものがいい。
まだ悩む。
もともとヴィオラ弓なんてそんなにストックされているものではない。予算を言えば、その店の中ではもう他に選択肢はないのだ。
他の店も見てみるか…
もう、工房の弓は候補ではなくなった。しかし、まだここで迷いが出て、いったん保留のうえ店を後にする。
商店街でたい焼きを買って小腹を満たす(こんな時になぜたい焼きなのか)。
近くにある小さなお寺の境内で心を鎮める(たまたま腰掛けるところがあったからなんだが)。
CDや楽譜を物色する(このときは弓のことばっかり考えていた)。
きっと他の店に行っても、こんなふうに悩むばかりで結論なんて出ないだろう。今日は工房さんの厚意で弓を借りているが、大手の楽器店ではそうもいかない。モノがない状態で比較するというのは、弾く環境の違いだとか自分の記憶という不確定要素が加わるから、ますます選択が難しくなる。
そろそろ決め時か
店に引き返す。
もう試奏は必要でない。
購入の旨を伝えてクレジットカードを差し出す。
こうして新しい弓がヴィオラケースの中に納まった。
そして工房から借りていた弓を返さないといけないのだが、なんだかデートの約束をしていたのに他のカノジョとのデートを理由にそれを断るみたいな感じで申し訳がない。実生活ではそんな経験がないので、そういうときの気持ちをどう表現すればいいのか想像もつかないのだが…。
2015年6月13日土曜日
悩んでいる理由
弓を折ってしまったのはいい機会だ。こういうことでもなければ弓を買い替えることもないだろう。しかし、妻からお小遣いをもらう「家庭内プロレタリアート」としては、使える予算は自ずと限られている。
とはいえ、こういう時にあまりおカネの話もしたくないものだ。もともと世俗的な利益のために購入するものではない。現世でこの出費の見返りを期待することは出来ないのだ。お店で値切るなどというのはもってのほか。値段は言い値で、あとは気に入るかどうか、納得するかどうかだけの話だ。
自分の耳を頼りに選ぶという意味では、前回、喩えに引いたクルマよりも、オーディオの方が近いかもしれない。今回、自分が物色している価格帯もそれぐらいの感覚だ。オーディオの場合は、自分の気に入っているCDだとか、その他の音源をお店に持ち込んで、実際にそのオーディオで聴いて、どれが気に入るかという基準で選ぶ。
ただし、弓の場合は、同じものがどの店にもあるという訳ではないので、機種を選んでからそれをどこの店で買うか、というところは悩む必要はない。その代わり、他の店にはまた別の商品があるので、物色する店を増やせば増やすほど、選択肢も増え、それに比例して悩みも増す。そして、たいていは価格が少しずつ上がっていく。
オーディオとのもう一つの違いは、音を聴き分けるのに自分で弾かないといけないことだ。そこには自分の技量というノイズが入る。なんとなく…と思うのは、弓の性質によるものなのか、自分の技量によるものなのか、そこの見極めも難しい。それに、この先何年も使っていくうちに、弓の性質も自分の技量も変わっていく。そこを予想するのはもっと難しいことだ。
と、
薀蓄が長くなったが、結局、何が悩ましいかというと、工房で無理を言って借りている弓よりも、楽器屋で試奏した弓の方が、自分にとってはグレードが高かったのだ。値段はそれほど変わらない。
それで、昨日の記事にも書いたのだが、とりあえず、その日は買わずにいったん検討することにした。もう一度よく考えよう。いや、それよりもう一度弾いてみよう。こっちの方がいいなというのは、そのときのコンディションの所為かもしれないし、自分の感覚も日によって違うかもしれない。
もともとは、工房で弾いた弓でほぼ決めていたのだが、思っていたより予算が嵩んだので、決断がつかず、楽器店をまわって「やっぱりこの弓しかない」と納得して買うつもりで楽器店に行ったのに、意外な展開になってしまった。当初の予定では、何軒か楽器店をまわって、納得感を高める計画だったのだが、この調子では弾けば弾くほど悩みが増すではないか。
とはいえ、こういう時にあまりおカネの話もしたくないものだ。もともと世俗的な利益のために購入するものではない。現世でこの出費の見返りを期待することは出来ないのだ。お店で値切るなどというのはもってのほか。値段は言い値で、あとは気に入るかどうか、納得するかどうかだけの話だ。
自分の耳を頼りに選ぶという意味では、前回、喩えに引いたクルマよりも、オーディオの方が近いかもしれない。今回、自分が物色している価格帯もそれぐらいの感覚だ。オーディオの場合は、自分の気に入っているCDだとか、その他の音源をお店に持ち込んで、実際にそのオーディオで聴いて、どれが気に入るかという基準で選ぶ。
ただし、弓の場合は、同じものがどの店にもあるという訳ではないので、機種を選んでからそれをどこの店で買うか、というところは悩む必要はない。その代わり、他の店にはまた別の商品があるので、物色する店を増やせば増やすほど、選択肢も増え、それに比例して悩みも増す。そして、たいていは価格が少しずつ上がっていく。
オーディオとのもう一つの違いは、音を聴き分けるのに自分で弾かないといけないことだ。そこには自分の技量というノイズが入る。なんとなく…と思うのは、弓の性質によるものなのか、自分の技量によるものなのか、そこの見極めも難しい。それに、この先何年も使っていくうちに、弓の性質も自分の技量も変わっていく。そこを予想するのはもっと難しいことだ。
と、
薀蓄が長くなったが、結局、何が悩ましいかというと、工房で無理を言って借りている弓よりも、楽器屋で試奏した弓の方が、自分にとってはグレードが高かったのだ。値段はそれほど変わらない。
それで、昨日の記事にも書いたのだが、とりあえず、その日は買わずにいったん検討することにした。もう一度よく考えよう。いや、それよりもう一度弾いてみよう。こっちの方がいいなというのは、そのときのコンディションの所為かもしれないし、自分の感覚も日によって違うかもしれない。
もともとは、工房で弾いた弓でほぼ決めていたのだが、思っていたより予算が嵩んだので、決断がつかず、楽器店をまわって「やっぱりこの弓しかない」と納得して買うつもりで楽器店に行ったのに、意外な展開になってしまった。当初の予定では、何軒か楽器店をまわって、納得感を高める計画だったのだが、この調子では弾けば弾くほど悩みが増すではないか。
2015年6月12日金曜日
弓の悩み
弓を折ってしまい、工房で何本かの弓を見繕っていただいて、そのうちの1本に候補を絞った。ところが、予算的には最初に考えていたよりもオーバーしていたので、それよりも安いもので、それよりも良いものがないかと、楽器店も物色することにした。
たかが弓と思われがちなのだが、これが結構重要だ。同じ楽器でも弓が違えば音は明らかに違う。構造が単純だけに、どこが違うのかよく分からないので、自分で弾いてみて、その感覚で選んでいくしかない。そこそこの値段もするし、一生のうちにそんなに何本も買う訳でもないので、なかなか悩みどころだ。
これがクルマだったら選び方がはっきりしている。もちろん好みもあるが、いくつか候補を絞り込んで、子供たちといっしょにキャンプに行くから荷物がたくさん積めるものにした、とか、毎日乗るので燃費のいいものにした、とか、遠出するときに疲れないのがいいとか、大勢乗れるのがいいとか、馬力の強いのがいいとか、小回りが利くのがいいとか、などなど、ひとそれぞれに基準があって、その基準で比較をしていけば、だいたい「これだ」というところに落ち着いてくる。
ところが、弓だとか、もちろん楽器本体だとか、弦だとか、すべてそうなのだが、基準は自分が気に入るかどうかだけ。どういうのがお気に入りかなどということを言語化したり数値化したりすることには限界がある世界だ。
楽器店でも、ヴィオラ弓をそんなに何本も取り揃えているところはない。もう、気持ち的にはこれに決めているんだということを告げて、これより安くてこれよりいいものはないかとストレートに聞いてみる。相手はプロなので、値段を言わなくてもだいたいこれぐらいのものだということは分かるみたいで、同じぐらいのグレードのものを出してこられる。
そして、それがまたいいのだ。
迷う。
とりあえずその日は保留。
もう一度、その弓を弾いてみるか、他の店に行っているか…
あ、悩みが増えている。
たかが弓と思われがちなのだが、これが結構重要だ。同じ楽器でも弓が違えば音は明らかに違う。構造が単純だけに、どこが違うのかよく分からないので、自分で弾いてみて、その感覚で選んでいくしかない。そこそこの値段もするし、一生のうちにそんなに何本も買う訳でもないので、なかなか悩みどころだ。
これがクルマだったら選び方がはっきりしている。もちろん好みもあるが、いくつか候補を絞り込んで、子供たちといっしょにキャンプに行くから荷物がたくさん積めるものにした、とか、毎日乗るので燃費のいいものにした、とか、遠出するときに疲れないのがいいとか、大勢乗れるのがいいとか、馬力の強いのがいいとか、小回りが利くのがいいとか、などなど、ひとそれぞれに基準があって、その基準で比較をしていけば、だいたい「これだ」というところに落ち着いてくる。
ところが、弓だとか、もちろん楽器本体だとか、弦だとか、すべてそうなのだが、基準は自分が気に入るかどうかだけ。どういうのがお気に入りかなどということを言語化したり数値化したりすることには限界がある世界だ。
楽器店でも、ヴィオラ弓をそんなに何本も取り揃えているところはない。もう、気持ち的にはこれに決めているんだということを告げて、これより安くてこれよりいいものはないかとストレートに聞いてみる。相手はプロなので、値段を言わなくてもだいたいこれぐらいのものだということは分かるみたいで、同じぐらいのグレードのものを出してこられる。
そして、それがまたいいのだ。
迷う。
とりあえずその日は保留。
もう一度、その弓を弾いてみるか、他の店に行っているか…
あ、悩みが増えている。
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