2022年11月12日土曜日

スランプを克服するには

 どうもヴィオラの練習が行き詰っている。

 アンサンブルの方は定期演奏会も終わって、ぼちぼちという感じなので、それほど行き詰っている感じではないのだが、スタジオで受けているレッスンの方がなかなか進まない。来年の春の発表会に間に合うような気がしない。アンサンブルの場合は、弾けないところは練習せずに、弾けそうなところだけを練習すればよいのだが、発表会はそうはいかない。曲は少ないとはいえ、その曲はひととおり最初から最後まで弾けないといけないのだがら、まずは弾けないところから練習することになる。

 ところが、そのフレーズばかりなんど練習しても、そう簡単に弾けるようになるものではない。そのうちに指が吊りそうにさえなってくる始末。そうなると、他のフレーズも含めて練習が出来なくなってしまう。そんなことで、だんだん練習が嫌になってくると、家でやっていればお菓子に手が伸びる。お湯を沸かしてコーヒーを飲む。ちょっと休憩のつもりが、練習している時間よりも長い休憩になってしまう。

 とりあえず弾けているフレーズもなんだか雑な感じ。
あぁもぅ、とやっぱり練習する気が殺がれていく。

 今日はレッスンがあった。正直に、このところ練習がしっかりできていないことを言うと、「そんなこともありますね」と破顔一笑。「何を言っているの。しっかり練習しなきゃ発表会に出られませんよ」とお𠮟りを受けるのか、さすがに大人相手だからそんなことも仰らないまでも、心の中ではそう思いつつ「それは困りましたね」と困った顔をされるのか、いろいろ想像していたのだが、救われた感じ。

 嫌になるまで練習しても上達はしないから、嫌になる前に止めて、別の日に練習するとか、別のところを練習するとかすればいいですよ、とのこと。

 具体的なご助言としてはふたつ。

 ひとつは曲想をより具体的に思い浮かべながら弾いてみること。

 なるほど、理屈でなんとか弾こうとするのではなく、情景を思い浮かべてみたり、こんなふうに弾きたいということを考えてみたりすると、練習する意欲も沸いてくる。レッスンで先生に弾いていただくと、いつも何かそういう発見がある。

あ、ここで風が吹いてくる とか

あ、鳥が鳴いている とか

そういうのを感じながら練習すれば、それで弾けないところが弾けるようになるわけではないけれど、雑な感じがするところが、どうすれば雑な感じでなくなるかを考えることが出来るし、完成形をより高いレベルでイメージすることが出来る。

 もうひとつは、何か音源と一緒に弾いてみること。

 これは、前の先生には固く禁じられていたのだが、それは速弾きの癖がついてしまうからで、ゆっくりでいいので音源と一緒に弾いてみれば、弾けないところも弾けているような気がして楽しく練習できるし、それに曲想もつかみやすい。いっしょに弾きながら、

あ、ここはクレシェンドか とか

あ、ここはもっとやさしくだな とか

ただ聴いているだけよりも、よりイメージしやすいだろう。

 そんなわけで、今日、聞いたばかりなので、これでスランプが克服できたわけではないのだが、とっかかりは出来たので、明日から頑張ろう。

2022年11月1日火曜日

ふりがな

 楽譜を見て、初見でパッと弾けてしまう人は羨ましい。たとえば、「今度のコンサートのアンコール曲です」とか言われて配られた楽譜を見て、その曲を知っていても知らなくても弾けてしまう人。ゆっくりでも何でもいい。弾いてみて「あぁこの曲かぁ」なんて言ってみたいものだ。

 自分はというと、楽譜を渡されたら、まずYouTubeとかで音源を探して、あぁこういう曲か、とだいたいの全体像を掴んで、それから楽譜にフリガナを振っていく。最近はイタリア語で振ることが多い(つまり「ドレミ」ね)。その時にマイルールがあって、A線を弾くときは五線の上、D線を弾くときは五線の第3線と第5線の間、G線の時は第1線と第3線の間、C線の時は五線の下に書くと決めている。ドレミの書いてある位置でどの弦を弾くのかが直感的にわかるし、移弦するところがわかりやすい。ドレミを書くときは色のペンを使うのだが、その色も決まっている。スズキ教本でキラキラ星を弾くときの指の形を基本形として、この指の形で押さえるところは橙色。その半音下の場合は緑色、半音上の時は赤色。楽譜を読んで弾くというよりは、こうやって自分で書いたフリガナを読んでいる。五線の第3線と第5線の間に橙色で「ファ」と書かれていれば、それは「#ファ」でD線ファーストポジション2指。そんな変換を頭の中で直感的に行いながら弾いているのだが、ときどきその変換が追いつかないようなところが出てくると、「ドレミ」に加えて。あるいは「ドレミ」に代わって、指番号を書くようにする。これをアラビア語のフリガナと呼んでいる。書く位置や使うペンの色に関するルールはイタリア語の場合と同じ。

 さらに、休符明けの出るタイミングをとるために、他のパートの音型を書いたり、歌のある曲なら歌詞を書いたり、なんてことは青色のペンを使う。

 ハイレベルな楽団と違って、楽譜は一人ずつ譜面台を立てて見るようになっているので、どれだけ楽譜に書き込みをしようと、他人に迷惑がかかるわけではない。先日の定期演奏会では、アンコール曲の「カントリーロード」の楽譜が、何かの手違いでエキストラの方に渡っていなかったので、急遽、自分の楽譜をコピーして渡したのだが、なんともカラフルだ。アンコール曲は決まるのが遅いので、急いで練習しなければならないから、とにかくフリガナをすぐに書く。「ドレミ」と指番号の両方が書かれているところもあるし、カントリーロードの場合は歌詞まで書かれていた。もちろんカラーコピーして渡した。

 そんなことをやっておかないと、わりと簡単な曲さえも弾けない。自分で「情けないなぁ」といつも思うのだが、仕方がない。いつか、ある程度、上手な人と同じように、何もフリガナのないきれいな楽譜で弾けるようになりたいものだ、なんて思っているのだが、先般の定期演奏会で客演してくださったプロの先生のコメントがなかなかのご慧眼だった。

初心者の方々の指番号入りの譜面を拝見、ものすごい努力であの場に座っておられることにも、驚きました。

 自分が「情けないなぁ」と思って、いつか先生みたいにこんなことしなくても弾けるようになりたいと思いながらやっていることを、とてもポジティブに、それが何かとても尊いことのように捉えてコメントされていることに、ものすごく励まされた。プロの先生が仰るからこそ励みになる言葉なのだと思うが、これからはこのコメントをお守り代わりにして、エキストラの方にフリガナだらけの楽譜のコピーを渡すときも、堂々と、誇りをもって渡そうと思う。

2022年10月23日日曜日

定期演奏会レポート

 終わりました。

 いや~楽しかった。

 途中の休憩時間。後半はあと2曲。なんか、サザエさんが始まった時みたいな感じだなぁ、なんてことを呟いていたら、そうそう、とみんな頷いている。楽しい日曜日が、あとサザエさんとフランダースの犬(いゃ別にハイジでもいいんだけど)を見たら終わりか~ って感じ。そして、その後半のステージも終わったあとで、「いい遊びやと思わへん?」という人もいる。まさにその通り。キャンプとかゴルフ(ぼくはしないけど)とか1日やって、快く疲れた感じ。いつになく血の巡りがいいように思う。

 午前中のゲネプロでボウイングの指示が出る。他のパートはもう少し前からボウイングを合わせていたのだけれど、ヴィオラには明示的な指示がなくて、客演で入ってくださる先生のボウイングを見ながら、コソコソッとリハーサル中にボウイングを書き留めたりしていた。それがゲネプロで細かく、ここは上げ弓、ここからここまではスラーと指示が出る。全部じゃなくて、特に気になるところだけを仰っておられるのだけれど、そんな直前に言われて、言われた通りできるかしら、なんて思いつつ、実際にやってみると意外とできた。そのボウイングが自然なのかもしれない。

 これもいまさらだけれど、ロッシーニの苦労していたフレーズについて、こういうのってどうやって練習したらよかったんですかね、と訊いてみる。これは難しいですから、弾けなかったら最初の音だけ弾けばいいですよ、とのこと。まあ、本番の日の午前に訊いているのだからそうとしか答えられないところなんだけど、いやそうじゃなくて、もしこれ1か月前だったらどうご指導されます? と訊くと、これだけパターンがばらばらだったら目で追うのは難しいから、楽譜にドレミを振って覚えるとか、少しでもパターンが同じところに印をしておいて、そのパターンのところだけ練習するとか、いろいろご指導いただいた。実際、私の譜面にはドレミが振ってあるし、パターンが同じところには印をつけていたりするので、「やってはるじゃないですか」とお褒めいただいたのだが、いや、やってもできないんですよ。結局、本番は最初の音だけを弾くことになった。けっして最初からそうしたわけではないけれど、結果的にそうなった。

 コロナの影響で通常の客席は使えず、パイプ椅子を100席ほど間隔を空けながら並べて客席を作った。それが満席で、椅子を数十席追加した。若い人も中にはいた。

 夏休みの宿題で作った曲の紹介は、メンバーの方が立派なパンフレットに仕上げてくださった。カラー印刷だし、厚手の紙だし、かなりおカネがかかっているように見えるのだけれど、ネットプリントを使うとそれほどかからないらしい。

 前日のリハーサルからホールで弾いているので、ホールの響きにも少しは慣れてきた。周りの音が聞こえにくかったのだけれど、本番では、隣で弾いているエキストラの方(プロ野球の助っ人外人みたいなもので、演奏会の成否は実はエキストラさん頼み)だとか、どきどき前の先生の音も聞こえてくるようになった。「よく聞こえますよ」と言うと、「私も聞こえてますよ。ロッシーニのあそこ、最初の音だけ弾いていたでしょ」とのお返事。バレていたか。チェロの人からも、ヴィオラがよく聞こえると仰っていただいた。ただ私の音がよく聞こえているのか、他の方のヴィオラの音が聞こえているのかは定かではないが、あるいは、「あそこちゃんと弾いてないでしょ」という含意があるのか。

 ともあれ、楽しかった。たぶん、これだけのメンバーがステージの上で同じように呼吸をしていたのだと思う。そして、客席の人の中にも同じように呼吸をして、私たちと同じように血を巡らせていた人がいるのだと思う。時間と場所を共有するというのは、きっとそういうことなんだと思う。まだまだいろいろ制約のある中での開催だったけれど、開催できてよかったと思う。

2022年10月19日水曜日

オンブレブンビンバ

 


 いよいよ今週末に定期演奏会が近づいてきているのだが、相変わらずここが弾けない。もう仕方がないので「弾かない」という選択肢もあるのだが、決定的に難しいフィンガリングがあるわけではない。楽譜を追いながら咄嗟に指が出ないだけなのだ。

 そこで解決策を考えた。

 楽譜を追わないで弾く

 いやもうこれしかない。これで弾けなかったら弾いているふりだけしよう。楽譜を追わずに弾くということは暗譜だ。

シレ#ソ ドミラ ドレ#ファ シレ♮ソ シレ♮ソ #ドミソ #ドミソ レ#ファラ

こんな調子で、20小節ほど音階をノートに書きだして、それを本に挟んで、電車の中で呪文のように唱える。もちろん声は出さない。口は動いているかもしれないが… 繰り返して唱えると、何かの呪文みたいだ。何かいいことが起こる呪文だったか、元気が出る呪文だったか…

 さすがにこれは効果絶大。少なくとも上に書いた4小節は、寝床で何も見なくても唱えられるようになった。だから弾ける、というわけではないが。

 暗譜がいつの間にか暗唱になっている。

2022年10月15日土曜日

古いリュートのための舞曲とアリア

 アンサンブルに入っているおかげでご縁のできた演奏会を聴いてきた。
 うちのアンサンブルは、本番になると、先生がご指導されている大学の学生さんやら卒業生さんやら、先生つながりでご縁のある別の先生がエキストラに入ってこられる。そのようにしてご縁のできた先生が、隣町で指導されている音楽教室の生徒さんを中心とした演奏会だった。教室のホームページを拝見すると、弦楽器だけではなく、いろいろな楽器のレッスンが受けられるらしいのだが、今回は弦楽器と、ヴァイオリンを弾いておられた方がおひとりソプラノも披露してくださった。残念ながらヴィオラを習っておられる生徒さんはおられないようで、うちのアンサンブルからも何人かがヴィオラのエキストラに入っていた。
 ステージの上は約20人。半分ぐらいは先生かエキストラだったが、演奏された曲はなかなか興味深い曲ばかり。来週の定期演奏会で弾く曲、以前にうちの定期演奏会で演奏されたけれと自分は会社の事情でステージに載れなかった曲、私がヴィオラを弾くきっかけになった曲などなど、個人的な思い入れのある曲も多かった。
 表題の「古いリュートのための舞曲とアリア」は20世紀の前半に活躍したレスピーギの曲。作曲者の名前は初めて聞いたが、どこかで聴いたことのある曲だった(動画は別の方が弾いているもの)。
 ちょっと難しそうだけれど、結構いい。ヴィオラが終始聴かせどころを弾いている。

 見ていて思ったのだが、やはり目の前で楽器を弾いているというのは説得力がある、というか、CDやYouTubeで聴くのとは違う楽しみがある。演奏している人の気持ちがダイレクトに伝わってくる。最前列で弾いておられるのは、それぞれプロなのだが、無理な動きがまったくなく、そうかといって腕と指だけで弾いているわけではなくて、見ている人を誘い込むような弾き方をされておられる。聴いていて、知らず知らずのうちに、演奏している人と同じように身体が動いているような、演奏している人と同じように呼吸をしているような、身体の中の血が演奏している人と同じように巡っているような感じがしてくる。どういえばいいのかわからないけれど、なんとなくそんな感じ。たぶん、生徒さんが見ているので、身体全体で合図を出すつもりで弾いておられるのだろう。普段ご指導いただいている先生が目の前で自分と同じ旋律を弾いている。そういう安心感の元に弾いておられるのが、また伝わってくる。
 さぁ、来週はうちの定期演奏会。うちもこんなふうに弾けるとよいのだが。