2022年3月5日土曜日

弦と弓毛を替えたら

 先月、弦と弓毛を相次いで交換した。いちおうもれなく記録しているつもりなのだが、その記録によると、弦の交換は去年の5月以来、弓毛の交換は2020年4月以来。そんなにも替えていなかったのかと驚いてしまうが、さすがにこれだけ放っておくと、調子のわるいのが素人でもわかる。特に弓毛の方はツルツルした感じで全然、弦を掴んでくれない。弦は弦で、松脂がこびりついてギトギトした感じ。弓毛が弦を掴まないから松脂を無駄にたくさん塗るので、ますます状況がわるくなる。弦と弓毛を替えるとさぞやいい音が出ると思ったのだが如何に。

 確かに弾きやすくはなった。

 演奏を録音してみる

 ・・・

 駄目だな、これは。

 なんだろうな。とにかくゆっくりした曲は難しい。下手なのがすぐにわかる。早いパッセージでチャカチャカチャラチャラと弾く曲なら、とりあえずそれらしく弾けばそれらしく聞こえるのだけれど…

 イージーな音程の取り方が気になる。

 音の出はじめのところでうまく音程が取れていない。指を動かしているつもりはないのだけれど、一瞬だけ、出そうとしている音より低い音が出て、ボアーーンボアーーンという感じで本来の音程になる。聴いていて聴き取りにくい。桑田佳祐みたいな感じ。

 みつめ ぅあーうと すぬあーぅおにー

 って感じで、かならず装飾音符がついている感じで、その装飾音符の音程が定まらない。音程の定まった母音の前に音程の定まらない子音がねっとりと付いてくる。いや、桑田佳祐は好きなんだけど、歌詞は聞き取りにくいし、ましてや歌詞のないインストルメンタルでやると気持ちがわるい。

 なんとかならんのか…

2022年2月20日日曜日

録音からの…

 先週、アンサンブルの自主トレをやった。

 スタジオが空いているところを確認して、みなさんの予定を調整して…。あっ、これなんとなく懐かしい。こういうことをしている自分が。

 ともあれ、カノンを演奏するのに必要な4人と録音技術者が集まって、早速練習してみる。このメンバーのうち、チェロと合わせる機会がいままで余りなかった。さてさてどうなることか、と思っていたら、あらら、最後まで弾けたじゃん。ま、本番も近いのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 録音の方は有無も言わさずに実行。弾き終わるとすぐに再生が始まる。

 ん、ん、ん

 ま、いちおう弾けたと思ったのだが、なんかゴチャゴチャした感じ。今度の発表会はスタジオの20周年記念でもあるので、20周年に相応しい発表にしよう、ということで、いろいろ、ああでもない、こうでもないと議論が始まる。

 ゴチャゴチャするのはお互いが主張しすぎなのがたぶん原因。カノンは、自分が主役のところと他人が主役のところが交互に出てくるので、自分が主役の時は一歩前に出て、他人が主役の時は一歩下がって弾いてみよう、などという、いいアイデアなのか降らないアイデアなのかよくわからないことをやってみる。

 音が前に進まない感じは何なのだろう。みんな走らないように気を付けて、チェロの音に合わせて拍を取ることに集中している。その結果、弓の動きが固くなっている。走るのはダメなんだけれど、弓を返す前のところで返す準備がちゃんと整っていれば、全体的に「前へ、前へ」という印象になるんじゃないか。確かに録音は「ギーーコギーーコ」って感じで弾んだ感じがなく、なんとなく「ドスン、ドスン」と歩いている感じ。

 そんなこんなで2時間ほど練習。

 それで今日のレッスン。

 先生に、「ずいぶん練習されたんですね」と褒められる。褒められるとやっぱり嬉しい。

2022年2月12日土曜日

はなしたくない

 発表会までもう数週間ともなってくれば、それなりに「落しどころ」みたいなのをみつけて、そつなく弾くことも考えていくフェーズになっていくのだが、それでも、ここだけは何としても弾きたいというところは出てくる。フィギュアスケートの羽生結弦選手がクワットアクセルにこだわるように、スノーボードの平野歩夢選手がトリプルコーク1440にこだわるように、いくらそつなく演奏できたとしてもこれだけはちゃんと弾かないと収まらない、というフレーズはある。いま、やっているモーツアルトでいえばこのフレーズ。
失礼、間違えました。。。
このフレーズ。
原曲は変ロ長調のところ、ヴィオラ用にト長調にアレンジされているので、
ソ#ファドーーラ#ファラソーー
となる。ソ#ファはD線1ポジだけど、その次のドはA線8ポジ3指という鬼フィンガリング。しかし、ここはさっきの尾崎紀世彦みたいに「はな⤴し~~~」とたっぷりビブラートをかけながら、マイクを離さないと音が割れるぐらいの声量、もとい音量で弾きたい。しかし、ご存じの通り、ポジションが上がれば音程も取りにくくなり、かつ音量も出なくなる。氷上雪上の彼らもこうして悩みつつそれを克服してきたのだろうか。。。自分にはあんまり関係のない世界だけど。

2022年1月22日土曜日

カプリオール組曲

  隣町にお気に入りのアンサンブルがあって、1年に1回か2回のペースで演奏会をされていて、いつも楽しみにしているのだが、くだんの病気が騒がれるようになってから演奏を披露いただく機会が失われていた。今日、約2年ぶりに演奏会があったので聴きに行ってきた。

 練習も苦労されているのか、曲は少なめ、時間も短め。エキストラの割合が多く、舞台ではみなさんマスクをされていた。

 いちおうアマチュア・アンサンブルとおっしゃっておられて、演奏会も無料なのだが、演奏の腕前はセミプロ級。エキストラはプロの方にお願いされてるようだ。

 その演奏会で聴いたのがこの曲(動画は、ここで紹介しているアンサンブルとは別のアンサンブルが演奏しているもの)。

  プログラムに書かれている説明によると、ルネサンス期のフランスで出版された処世術の本に載せられていた舞曲を、20世紀の初頭にアレンジしたものらしい。なんでも、真面目で処世術を知らない法律家、カプリオールに、処世術を教えるという内容の本だそうだ。いまでいうなら、自己啓発本の隅の方にある、真面目で能力はあるのに人づきあいがわるくて評価の芳しくないサラリーマンに理不尽な指示ばかりを出す上司が出てきて、ひとりアパートで悩んでいるところに、なんだか訳のわからないのが出てきて、同僚との付き合い方とか上司のあしらい方なんかを指南するマンガみたいなものか。ルネサンスの頃はいまと違って、付き合いと言えばダンスだったので、ダンスの指南書になっているらしい。

 そう聞くと、なんだか自分のために書かれた曲のようにさえ思えてくる。いつか弾いてみたいと思う曲だった。

2022年1月9日日曜日

自己表現ってなに?

  年明け早々、むずかしいタイトルにしてしまったが、このところいろいろ考えることがあって迷走中。いやむしろ瞑想かな。

 きっかけは、島根県隠岐郡海士町というところに行ったこと。本州からフェリーで3時間もかかる離島で、人口およそ2,400人のちいさな島なのだけど、島留学の高校生や子供たち、Iターン移住してくる人たちが、全国から吸い寄せられるように集まってくる、不思議な魅力のある島。コンビニもスタバもマクドも百均も、もちろんホームセンターもヤマダ電機もイオンモールもないのだけれど、島中に図書館がある。中央図書館のほかに分館が24館。煩わしい日常を離れてひねもす本でも読んで過ごすにはなかなかいい場所だ、と思って訪れたのだけれど、それがなかなか衝撃的だった。

 図書館と言っても個人の家の一室を開放されているようなところもあるみたいなので、いつ開館しているのかもわからない。それで中央図書館に行って分館の開館時間を尋ねると、司書の方が分館のお宅に電話をしてくださって都合の良い時間を訊いてくださる。その時間に合わせて訪問すると、玄関先で迎えていただき、いろいろお話を聞かせていただく、という塩梅だ。本を読むというよりも、お話を聞くという感じ。分館を営まれておられる「人」が「本」といってもいい。

 置かれている本の大部分は個人の持ち物。その方が読まれてきた本のタイトルを見るだけで、持ち主の人柄や考え方、生き方を垣間見ることができる。そこに中央図書館の本も置かれていて、それは貸出もできる。図書館の司書の方は、おそらく分館を営まれる方のお話をよく聞かれて、その館の雰囲気に合った本を選んで置かれておられるのだろう。個人蔵書にしっくり馴染むように中央図書館の本が並べられている。

 図書館と銘打っているので、どこか遠くから突然やってくる人もいるらしい。そうやってやってくる人にも、私にしていただいたのとおなじように、いろいろなお話をされているのだと思う。繰り返しお話をされているうちに、内容が推敲され、同時に自分の考えもまとまっていく。そこから「これでいいのだ」という確信が生まれてくる。

 それで思った。

 これって自己表現だよね。

 分館を営まれる方にとっては、図書館が自己表現の場になっている。そこにどんな本をどのように並べるのか、どんな空間を作るのか、訪れてきた人にどんな話をするのか、すべてが自己表現で、中央図書館の司書の方がそれをサポートしている。

 これ、ヴィオラも同じ。どんな曲をどのように弾くのか、どんな場所で誰と弾くのか、このブログもそうなんだけど、それについて何を語るのか。発表会で他の方の演奏を聴いていると、上手か下手かということではなくて、その方の人柄が見えてくる。それもやはりその方が自己表現をしている証だと思う。そして先生やスタジオの奥さんがそれをサポートしてくださる。

 こういう自己表現の場があることって大事だなぁ、と思う。年齢に関係なく。

 自分もいつか海士町にわたって図書館の分館をひとつ作ろうかと真剣に考えないわけでもないが、島でレッスンが受けられるのかだとか、いっしょにアンサンブルをやってくれる仲間はいるのかとか、いろいろ考えると躊躇してしまう。短い人生の中で二兎を追うことはむずかしい。