ヴィオラのために書かれた曲というのはとにかく少なくて、発表会のネタには困ってしまう。ヴァイオリンやチェロのための曲をアレンジしたりとか、いろいろとはやってみるのだが、純粋にヴィオラのために書かれたクラシック音楽で発表会向けの曲と言えば、前回やったテレマンか、曰く付きのこの曲ぐらいしかない。
ヴィオラのために書かれた曲というのはとにかく少なくて、発表会のネタには困ってしまう。ヴァイオリンやチェロのための曲をアレンジしたりとか、いろいろとはやってみるのだが、純粋にヴィオラのために書かれたクラシック音楽で発表会向けの曲と言えば、前回やったテレマンか、曰く付きのこの曲ぐらいしかない。
レッスンがしばらく中断になったり、発表会開催の目途が立たなかったりと、バヨライフには風当たりの強い昨今だが、ちょっといい話もあった。いぜん、ステージに載せていただいたこともあるアマチュア弦楽アンサンブルの定期演奏会が今年も行われるそうだ。いつもより少し遅い時期で、定員100人の予約制とのことだが、こんな状況の中でも練習を続けてこられたことが素晴らしいと思う。早速FACEBOOKで「行きます」宣言。これでいちおう予約になるのかな。
不要不急の外出は控えましょう、なんてことをいう一方で、不要不急の旅行を促すキャンペーンをやってみたり、7月から8月にかけての状況が第二波なのかどうかなんて判断が政治的に曲げられたり、テレビはいつも恐怖を煽って視聴率を稼いでいるようにしか見えないし、いったい何を信じればいいの? そもそも「不要か」「不急か」って誰が決めるの?
思えば、ここのアンサンブルの練習に通えなくなったのも、くだんの「働き方改革法」の所為。練習のある木曜日に毎週1時間の時間休をもらって早帰りしていたのに、「働き方改革法」ができて有給休暇を一日単位か半日単位で5日間取得することが(正確には「取得させること」が)「義務」になったから、1時間単位の休暇が取りにくくなってしまった。どうも「おかみ」の決めることには振り回されっぱなしだ。
そんな中で、たぶん、保健所だとかいろんなところと調整して、こうして定期演奏会の開催にまで漕ぎつけられたここのアンサンブルの努力は尊敬と称賛に値する。私のように、ダメと言われれば「はいそうですか」と家に閉じこもってただ大人しくしているように見せかけて、長いものに巻かれていることは、自分もその長いものの一部になって他の人を巻き込んでいることと変わりない。
そうそう。今年はコロナで何もかもがいつもと違う。
確かに感染者(というか検査をして陽性になる人)は増えているのだけれど、病気にかかることが恐ろしい、というより、病気にかかったときの世間からの風当たりが怖くて何もできない。軽い気持ちで検査なんて受けて、もし陽性になったら、周りの人間がみんな検査を受けなくてはならないようになって、たぶん検査を受けたら結構な人数の陽性者がでて、実際は誰がいちばん最初に感染したかなんてわからないのだけれど、最初に検査を受けて陽性になった人が悪者扱いされて、体調はどこもわるくないのにどっかに隔離され、社会から断絶されている間に根拠のない噂を流され、ネットでは個人情報を晒されて、たぶんこのブログなんかも憎悪のターゲットとなり、退院しても社会復帰ができなくなってしまう。おそらく余程注意していても感染するリスクからは逃れられないのに、マスコミからも政府からも、ぜったいに感染しないようにしましょう、なんてメッセージが垂れ流されているから、まるで感染したら注意が足りなかったような扱いになってしまう。いや、確かに恐ろしい病気だ。
と、つい前置きが長くなってしまったが、もしこんな騒ぎがなければ、この週末は2年に一度の発表会があっただろう。今年は、毎年やっている子供の発表会もなくなって、来年の春にできるかどうか、なんて話になっている。スタジオで気にされているのも、たぶん、受講生が感染しないように、などということよりも、受講生の中に陽性者が出た時の風評とか、そういうことではないかと思う。それを思うと、無理なお願いもできない。レッスンをしていただくだけでもありがたいことだ。
ところで、発表会で弾く予定だった曲の完成度はどうか。
これが、まだとても人前で弾けるようなレベルにはなっていない。3回弾けば、1回は間違いなく通せるといったレベル。レッスンでは、表現に関するような課題もちょっと言われたりするのだけれど、いや、この演奏を延々と聞かされたら興ざめるだろうなぁ、と思う。正直に言って、あまり面白みもない曲だ。
このまま、あるかないか分からない来年春の発表会を目指して、この曲の練習を続けるべきか。ちょっと迷い中。
写真を見て、ブログのネタ作りのためにわざと弦を切っているのではないかと思われた御仁もいるかもしれないが(いや、いないか)、けっしてそういう訳ではない。しかし、もうここまでくると、おなじPassineの替え弦を買おうという気にはなれない。
そんなわけで、また以前のEvah Pirazziに回帰。こっちは、なにせ、弦がへたりきって「ため」と「こぶし」だらけになってしまっても切れなかったという実績がある。切れないからと言って2年も使っちゃダメだということはよくわかったが、1ヶ月もしないうちに切れる弦は、もう使わないかな。音は良かったので残念だけど。
いちおう、Evah Pirazziを全弦買っておいて、次に切れたら全弦交換する。それまでは、まだPassineとお付き合いだ。