2019年5月6日月曜日

アンサンブルの発表に向けて~これまでの経過~

 いつもお世話になっているスタジオでは、2年に1度、「大人の発表会」がある。大人の受講生にとっては、人前で弾く貴重な機会だ。最初の頃は、ソロの発表のあと、先生によるお手本演奏があって、そのあと反省会か交流会かどんな名目だったか忘れたが、とにかくざっくばらんにいろんなお話ができる会があって1日が終わる、というパターンだった。それが、何回目かから、弦楽器は弦楽器、管楽器は管楽器、打楽器は打楽器でアンサンブルを作って、ソロの発表とは別に発表をするようになり、次に、全部の楽器でベートーヴェンの第九のアレンジしたのを弾くというアンサンブルもやるようになった。

 ところが、アンサンブルの中心になるヴァイオリンの受講生が、いろんな事情でガタンと減った時期があって、全体的に大人の受講生も減ってしまい、「大人の発表会」の開催そのものが出来るかどうかということになってしまった。もはやアンサンブルどころの話ではないのだが、受講生としては大事な発表の機会がなくなるというのは、モチベーションにも関わるし、発表会が亡くなったことでさらに受講生が減ってしまうというようなことにもなりかねないという心配もあった。それに、同じスタジオの受講生でも、楽器が違えば話をする機会も限られるし、2年に1度の発表会の日が唯一の交流の機会でもある。たまたま、前の発表会のときに、数少ない男性の受講生同志で、次は楽器の種類が違うメンバーでアンサンブルをしよう、などと企んでいたこともあって、なんとか「大人の発表会」ができないかと、スタジオでもいろいろ検討していただいて、開催に漕ぎつけた。

 そして開かれた「大人の発表会」は、開催場所も開催スタイルも、それまでのものから大きく変わって、「大人の発表会2.0」の様相になった。
 この「大人の発表会2.0」から、アンサンブル発表の様子がだいぶ変わって、それまでの、発表会らしいと言えば発表会らしい発表から、一種の余興的な発表になった。発表会全体も、子供の発表会の大人版、という感じから、大人が大人らしく真剣に「遊ぶ」場というか、「上手に弾く」だけでなく、「楽しく弾く」とか、古株の受講生としては、如何に発表会の雰囲気を創り出していくか、なんてことも意識するようになった。普段、お世話になっているスタジオへの恩返しの場、なんてことも言えなくもない。

 ところで、前回の「大人の発表会」の直前にヴァイオリンの先生が交代になって、新しい先生が、以前の教室で指導されていた大人の受講生をお二人連れてこられた。そのお二人は前回の発表会には出ておられないので、まずはそのお二人に「大人の発表会」に出てもらう、というのが「スタジオへの恩返し」という意味では最大目標だろう。それに加えて、アンサンブルのレッスンという、いままでになかった形態が作れないだろうか。もしアンサンブルレッスンが定期的にあれば、そのメンバーは確実に発表会に出ることになるし、それにもともと和音が出せない楽器なので、やはり合奏してこその面白さというものもある。定着すれば、アンサンブルレッスンを目当てに新しい受講生を迎えることが出来るかもしれない。

 いろんな目論見が絡み合う来年の発表会。
 さてさて、このあとどうなっていくのか?

2019年5月4日土曜日

10連休の過ごし方

 世間では10連休。ご多分に漏れず、うちの会社も10連休だ。一方で、この10連休も勤めている人がいるはず。今朝の天声人語には、そろそろ平日が恋しくなる人もいるのでは、などと書かれていたが、せっかく休めるのだから休みを満喫したいものだ。
 しかし、それにしても気になるのは財布の中身。休みを満喫するにはそれなりに費用もかさむ。平成最後の日となった4月30日の例だと、朝からフェルメール展を鑑賞、そのあと、新世界と心斎橋をうろうろするが、財布の紐は固く結んでいたので、店先に並ぶ商品にもあまり興味が向かず、あまりの人の多さにやや疲れる。お昼を取りがてらカフェで図録を拡げ、午後から映画1本。晩ご飯は家に帰って食べる、というコースで約1万円。内訳は美術館の入館料と図録で4,800円、映画1,800円、交通費1,840円など。もちろん、家でゴロゴロしているより充実した1日だったし、1万円が無駄だったというつもりはさらさらないけれど、給料が家計口座に振り込まれ、わずかなお小遣いで生活する家庭内プロレタリアートが10日間もこんな休日の過ごし方を続けられるものではない。

 それじゃ、ヴィオラでも練習したら、

 それもいろいろ障壁はあるのだが、いまのところ、それがいちばんリーズナブルな過ごし方かもしれない。連休の前半は天気もわるく、出掛けるのも躊躇われたし、窓を閉めていることも多かったので、結構、練習できたはず。お天気の良い後半は如何に。


2019年4月20日土曜日

ヘンデルのヴィオラ協奏曲

 毎年、季節限定で参加しているアンサンブルの方は、「働き方改革」とやらの関係で雲行きが怪しくなり、定期的に練習に通える可能性が限りなくなくなってしまった(前回の記事参照)。それならば、早めに気持ちを切り替えて、練習に精が出るような課題曲を見つけてこなければ…。

 ということで、これを練習することにした。


 これは、以前、このブログでも紹介した「数奇な音楽」のひとつ。G.F.ヘンデルと言えば18世紀の前半に活躍した音楽家だが、当時は作曲した作品が全部、出版されるわけでもないので、埋もれてしまった作品というものもないわけではない。実は、こんな協奏曲も作っていたことが、20世紀初頭にわかった。見つけ出したのは、サン=サースとともに「古楽器協会」という団体を設立し、バロック時代の音楽を研究したアンリ=カサドシュというヴィオラ奏者。歴史に名を留める数少ないヴィオラ奏者の一人だ。ところが、のちになって、これはどうやらカサドシュがヘンデルの作風に似せて作った贋作だということが分かり、歴史に名を遺したヴィオラ奏者は、贋作家として名を刻むことになった。

 それにしても、よく出来た贋作で、まさにヘンデルの作品と見紛う、バロック的な旋律だ。ただ、やはりヴィオラ奏者としていいところを見せたかったとみえて、技巧的にはバロックの域を超える超絶技巧も取り入れている。バロックなら、だいたい3ポジが弾ければたいがいは弾けるのだが、この曲の場合、7ポジぐらいまで使われる。楽譜を見ると半分ぐらいはト音記号だ。ハ音譜を見慣れた身には読みにくい。たぶん、バロック時代の楽器だったら、7ポジのところなんて指板がなかったのではないだろうか。

 そんなこともありつつ、これなら発表会映えもするし、いまから1年かければ、それなりのレベルにはなるだろう、などと思って練習を始め、発表会直前になってなんともならずに玉砕するという、いつものストーリーが始まった感じだ。

2019年4月13日土曜日

「働き方改革」とアンサンブル

 新年度が始まって、予定ではそろそろアンサンブルに合流して、9月の定期演奏会を目指して練習しようか、というところなのだが、ちょっと暗雲が立ち込めている。

 このところ続けて、春から秋にかけて参加し、冬の間は冬眠して、また春から合流するという非正規団員をしているアンサンブルは、会社から電車で2時間ほどのところに練習会場がある。練習は毎週木曜日の7時~9時30分。地理的にはかなりビハインドがある。それに、会社の近くは、東京の山手線ほどではないにしても、1時間に4本とか5本とかの間隔で電車があるのだが、練習会場の最寄り駅は1時間に1本のローカル私鉄。団員の人に聞いても、ほとんどの人はこの電車には乗らず、遠出をするときはクルマで行くか、最寄りのJR駅までクルマで送ってもらう、というのだから、便数が増えるはずもない。
 初めて練習に参加した年は、定時ダッシュで駅まで行くと、2回の乗り換えで7時半には練習会場に着けるという神接続があったのだが、それがダイヤ改正でなくなってしまい、練習に参加できなくなった。しかし、こんどはうちの会社が、年次有給休暇のうち5日間は強制取得だ、などという気の利いたことを言いだしたので、その5日間を1時間単位に小分けして、毎週木曜日は早帰りという必殺技を使い、練習に参加していた。

 ところが、

 働き方改革だかなんだかで導入された国の有給休暇強制取得制度が、時間単位の有給休暇をこの強制取得分に参入することを許していない。もちろん、うちの会社の制度として時間単位で有給休暇を取得することはできるので、毎週木曜日に1時間の休みをもらったうえに、それとは別の5日間を有給休暇にすることはできるのだが、こういう有給休暇も強制的だからこそ取れるものであって、それとは関係なしに、「毎週木曜日は1時間早く帰るから、あとはよろしくね」とヴィオラ担いで帰れるほど恵まれた会社ではない。

 週に1回、時間休をとって英会話教室に通うとか、スポーツジムに通うとか、そういうのも「働き方改革」としては「あり」だと思うのだけど、役所的には駄目らしい。

『年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説』
2019.3,厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署
https://www.mhlw.go.jp/content/000463186.pdfp.20 「Q3」

 さて、どうしたものか。
 いまレッスンでみてもらっているのも、今年の定期演奏家で演奏する予定の曲だし、その曲がホ短調だから、セヴシックもホ短調にアレンジしたり、音階練習もホ短調でやっているのに、その前提が崩れてしまう。このあと、定期演奏会の曲が次々に決まってきたら、それを順番にみてもらおうとか、また去年みたいにその曲紹介を書こうとか、いろいろ思っていた計画が、どれも変更になってしまうし、いや、それ以上に、老後はこのアンサンブルで楽しもうと思っていた人生設計まで変わってしまうんですけど…。

2019年3月16日土曜日

なんちゃってセヴシック

 あいかわらずG線やC線の音程がとれずに苦労している。いったい何年、ヴィオラ弾いているんだ、というぐらい音程が取れない。たぶん、いままでは弾いたつもりになっていただけで、実は弾けていなかったのだと思う。そんなふうに、いままでの自分の努力をすべて否定しまうと、今度は練習の意欲まで落ちてきてしまう。

これまで一生懸命に練習して
これだけ弾けるようになったと思っていたのに、
実は何も弾けていなかった。
きっとこれからどれだけ練習しても
ヴィオラなんか弾けないに決まっている。

練習すればするほど、出来ない、弾けない、進まない、という現実を突きつけられ、練習意欲がなくなってしまうのだ。

これは良くない。
何か少しでも「できた」と実感できることをしなければ、
このネガティブ・スパイラルから永遠に抜け出せない。

といって、あまり簡単な練習を始めてしまうと、それはそれで面白くはない。例えば、いまさら「狩人の合唱」なんてやってみて、弾けたところであまり「やったー」とも思えないし、仮にこれが弾けなかった場合、じゃ「ロング・ロング・あごー」とか、「無窮動」とか、「ぶん・ぶん・ぶん」と「ちょうちょ」の昆虫組曲とか、練習レベルの後戻りスパイラルに陥る危険すらある。いまさらそんな曲を練習している場合じゃない。9月か10月か分からないけど、また今年も定期演奏会のステージに載りたい。そのためには、まず手始めに、PachelbelのChiaconnaが弾けないとダメなんだ。

そうだ

こういうときは、やはり最短コースだ。いま特に苦労しているのは、2指を1指につけた状態で、3指や4指を伸ばしてフィンガリングすることだ。だけど、PachelbelのChiaconnaはホ短調。C線やG線で2指を1指につける指の形は出てこないじゃん。それなら、何調かよくわからないセヴシックをただ盲目的に練習するよりも、ホ短調の指の形を練習した方がいいじゃん。

ということで、セヴシックをホ短調の練習用に改竄アレンジしてみた。
ハ音譜で申し訳ないが、G線は、ソラシラ ラシドシ シドレド なので、2指は3指にくっつける形。C線は、ドレミレ レミ#ファミ ミ#ファソ#ファ と3指も半音高くなる。これなら、ちょっと練習すれば何とかなるかも。それに、練習の難易度が易しくなっている印象もない。

だって、ホ短調の曲を弾くんだから
ホ短調で練習すればいいじゃん

という言い訳にもなる。
楽譜にしてみるとそれらしいんだけど、音を出してみるとなんだか調子が外れる。

ま、いいか。
だって、ホ短調なんだし。

こうなると、もう止まらない。移弦の練習も、音階練習も、全部ホ短調。


どうか、ニ短調とか、ト短調とかがきませんように。