2014年2月17日月曜日

移弦のわるい癖は治るのか

 再開後2回目のレッスンから1週間。相変わらず、毎朝、短時間の練習を繰り返している。

 一度ついたわるい癖はなかなか治らないものだ。移弦のとき、特に低い方の弦から高い方の弦に移弦するときに、手首で移弦する癖がついている。それは以前からずっと言われているのだが、再開後もまたこの課題に悩む。

 大丈夫。ちゃんとやれば出来るから。

 と、いちおう気休めは言っていただけるのだが、それが気休めにしかならないのは、さすがにこれだけ長くレッスンを受けていれば自明の理。

 変なところにアクセント入れるやつは治ったじゃない。

 を~、妙に説得力のある気休め。確かに、「タッタッラッタタラタラ」となっていたところは、練習でも結構気を付けて「ダ~リラリダラダラ」と、深い森の中を空気が流れるような弾き方ができるようになった、かもしれない、と思うのだが・・・・

 脇がパタパタするのを意識したり、アップボウの先で高い方に移弦して弓を返す時に、右手を低めに移動させたり、いろいろ意識して練習。さて、どれだけできているのやら。


2014年2月6日木曜日

余命宣告を受けたらこの曲を

 以前、どなたかのブログで、昔、俳優の中井貴一さんがドラマの中で、余命宣告を受けてチェロを演奏する場面を、「究極の目標」といって紹介されていたのがあったが、久しぶりにヴァイオリンを弾いてみて、なんとなくそういうのもイメージが出来たような気がする。
 そのドラマというのは、「風のガーデン」というドラマで、亡くなった緒方拳さんの最後のドラマともなった。緒方拳さんは中井貴一さんの父親役で、ドラマの中では中井貴一さんが余命わずかな癌患者を演じていた。余命宣告を受けた時に、心の動揺を抑えるかのようにチェロを弾くその静かな旋律が、かえって心の動揺を静かに表現しているいい場面だった。曲目は覚えていない。

 そんなことを思い出しながら、いまもし余命宣告を受けたら何を弾くだろう、などということを考えた。最初に出てきたのはこれだ。


 なかなかいいな、とは思うのだが、う~む。余命何年ぐらいあれば弾けるのだろう。

「あなたの余命はあと6カ月です」
「いや先生、それでは練習が間に合いません」

 そんなわけで、ただいまこの曲を練習中。


 さっきの曲よりも明るく逝けそうな気がする。
 
 中井貴一さんはドラマの中で、だんだんと身体が癌に侵され、最期はベッドから起き上がれなくなってこの世を去っていく。余命宣告を受けてから楽器を弾ける時間ってどれぐらいなんだろう。翻って、自分は人生の最期に、どんなふうに楽器と向かい合っているんだろう。余命宣告があろうとなかろうと、死のときは必ずやってくる。そのときの楽器との向かい合い方を考えるということは、楽器といっしょにどう生きるかを考えることに他ならないと思う。

 などと、最後はちょっと真剣に考えてみました。

 ま、余命宣告は受けていないが、平均的に考えて余命あと30年ぐらいしかないので、わずかな時間でも楽器を弾く時間を大切にしていこうと思う。

2014年2月2日日曜日

レッスン再開 ~やっぱり戻ってきました~

 再開後の初レッスンを受けてきた。
 妻も子供たちも出掛けていたので、面倒な説明をしなくて済んだ。ま、辞めたといっていないので、なにもまた始めましたという必要もないのだが、辞めたことを前提にお小遣いの減額提示がなされているので、おそらく辞めたと認識されているのだろう。
 ともあれ、無事に家を出てスタジオに行き、半年ぶりに先生に会う。

 やっぱり、戻ってきました。

 なんか、ヴァイオリンをやっていないと「ただのオッチャン」になってしまうなんて話をして、ま、とにかく涙ぐましい努力で練習時間を作っている話をことも無げに訊いてもらう。
 レッスンの方は、曲こそ今までとは違う曲で、しかも、ヴァイオリンではなくてヴィオラを見ていただいているのに、言われることはまるでデジャヴ。移弦のときに手首で返すのはダメ、しっかり肘を上下させて。だけど弓を返す時は手首を柔らかく。要は、横には柔らかくしても縦には動かさないということか。しかし、紛いなりにも練習していた曲は最後まで先生の前で弾けた。
 この調子で、ま、月1回ぐらいのペースで続けていこうかと思う。

2014年1月23日木曜日

練習再開その後

今月初めに練習を再開して、その後も比較的順調に練習を続けている。家で練習すると、「あんただけ好きなことばっかり出来てええな」というビームが妻の目から出てくるのは相変わらずで、
妻がまだ寝ている朝早い時間に起きて、こそこそと家を出てスタジオをお借りしての、究極の「コソ練」。歳をとった所為か、早起きがあまり苦にならなくなったおかげで、毎日とは言わないが2日に1回ぐらいかそれ以上の割合で練習できている。1回の練習時間は30分程度だが、集中力が持続する時間としてはなかなかいい分量かもしれない。だらだら2時間も練習するより効果的だろうと思う。

今朝は会社の都合で時差出勤なので、いつもより長く1時間以上の練習が出来た。いつもは1巻1番ばかり練習しているセヴシックの他のところを弾いてみた。相変わらずお経みたいなのだが、調が変わるとちょっと宗派が違うような感じがする。頻繁にバヨ会をしていた頃に弾いていた曲を引っ張り出して弾いてみる。そんな昔のことではないのに、その頃のことはすっかり忘れて

あのときは弾けていたのに、
ちょっと練習しないとこんなに弾けなくなるのか

などと驚く。実は「あのときは弾けていた」というのが幻想で、弾いているうちに、実はそのときから弾けていなかったということを思い出してきた。そういう意味では、つまり弾けていなかったということを思い出したという意味では、しばらくのブランクは埋められつつある。


2014年1月9日木曜日

ヴィオラの練習を再開

 練習を再開した。
 昨日は1時間半ほど、久しぶりの音出しをした。思うように音が出ないし、音程も思うように取れないが、久しぶりに満たされる思いがした。
今朝は、30分だけの練習だが、その30分間、緊張が続かない。こういうところがダメなんだ。ともあれ、セヴシックのお経のようなエクササイズを15分ほど、5分休憩して、バッハの無伴奏チェロ組曲の1番を、ヴィオラで10分ほど練習した。たった30分だけど、続けることが大事だと思う。前から思っていたことだが、1週間に1回、3時間するより毎日30分の方が絶対に身に付くと思う。まずは、今日の反省を踏まえて、30分間、緊張を継続できるようにするところからだな。