2013年5月19日日曜日

アンサンブル

 私のように大人になってからヴァイオリンを始めるような者はかなり奇特だろうと思っていたのだが、実は結構大勢いらっしゃるということが、こうしてネットをしていてわかった。数年前からそういう方たちと「バヨ会」と称してはアンサンブルごっこをするようになった。今日は、私の住んでいる街に、九州を除く3大陸7府県から9人の方にお集まりいただき、朝早くから夜まで、途中、食事会や茶話会を交えながらヴァイオリンを弾き続けた。 

 弦楽器というのは、もちろん無伴奏のソロの曲もあるのだけれど、合奏してこそ楽しい楽器だと思う。いつかどこかのステージで弾くとか、そういう目標は何もないのだけれど(というか、私がいる限りはそのレベルに達するのは大変だと思う)、ヴィオラだけ弾いていたら「なんのこっちゃ」というような奇怪なメロディが、ハモらせてみてきれいに調和したときは
ぞくっ 
とくるもの。これを味わって以来、病み付きになってしまっている。
 というよりも、これを味わいたいがためにヴィオラを始めたようなものだ。
 最初の頃は歌謡曲だとかそういったものを簡単にアレンジしたものばかりだったけれど、最近ではバロック音楽のちょいと難しい曲も合わせられるようになった。こういう会があると、ちゃんと弾けるようにしなきゃ、と練習にも熱が入るし、実際に練習して上手くハモるとまた楽しいから、また練習しようと思う。

 今日はホントに楽しかった。

2013年5月5日日曜日

J.S.バッハの魅力

 クラシック音楽と言っても数百年の歴史があるもので、例えば、モーツアルトとチャイコフスキーがそれぞれ活躍した時代には約100年の違いがある。キャンディーズとAKB48より年代が開いているのだ。チャイコフスキーの時代には、モーツアルトの音楽を「古典」と読んで、そこから普遍的な音楽の価値を学びつつも、それとは違う新しい音楽の世界を創ろうとしてきたのに違いない。そうやって新しい価値が生み出されたからこそ、その人たちの名前が歴史に刻まれ、いまに残っているのだと思う。

 さてさて、最初の発表会とその次が続けてヴィヴァルディで、バヨ会でもヴィヴァルディの「調和の霊感」をやったりしているので、ヴィヴァルディさんの気心は随分分かるようになってきた。最初の発表会で弾いた「調和の霊感」6番イ短調第一楽章(ヴァイオリンの教本によく出てくる「ヴィヴァルディのイ短調」ってやつです)を弾き始めるときに、その時の先生から

この曲が弾けると、ヴィヴァルディが作曲した数百曲のコンチェルトの半分は弾けたも同然です。

といわれた意味が何となく分かる。パターンがなんとなく似ているのだ。小室哲也のようなものなのだろうか。
 それが最近では、レッスンで見ていただいているのはバッハのドッペル。それが終わったら見ていただこうと思っているのが、ヴィオラで弾くバッハ無伴奏チェロ組曲1番のプレリュード。バヨ会の課題曲にも、バッハの「フーガの技法」が出てきて、なんだかバッハさんと急にご縁が出来てきた。このバッハさんが、肖像画のイメージ通り、また気難しい人なのだ。楽譜だけ見ると簡単そうに見える曲でさえ簡単には弾かせてくれない。
 バッハの作品にみられる特徴は
その様式は、通奏低音による和声の充填を基礎とした対位法的音楽という、バロック音楽に共通して見られるものであるが、特に対位法的要素を重んじる傾向は強く、当時までに存在した音楽語法を集大成し、さらにそれを極限まで洗練進化させたものである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ 「ヨハン セバスチャン バッハ」
それって、こういうことかしら?
 

ヴァイオリンの教本にもある曲で、子供が真面目に数年レッスンを受けて弾くぐらいのレベルだから、難易度もかなり高い。楽譜を見てもすぐに弾ける気にはなれないのだが、それに比べると、最近、バヨ会の課題曲になった「フーガの技法」は、楽譜は簡単そう。ところが、弾いてみるとこれが結構、難易度が高い。そもそもフーガというのは、

最初に一つの声部が旋律(フーガでは最初の声部のそれを主唱という)を提示する(そのあと、結句と呼ばれる短い自由な経過句が挿入されるのが普通である)。
主唱が終わったら、別の声部で主唱を繰り返す。これを応唱という。このとき、基本的に全体を5度上げるないし4度下げる(正応)。ただし、その中で、属音は、原則として5度上げずに4度上げて(ないし5度下げて)主音にする(変応(へんのう))。これは、主音と属音を入れ替えることが求められるためである。
バロック初期にはリチェルカーレ、ファンタジアなど様々な対位法的な器楽曲が存在したが、後にそれらは一括してフーガと呼ばれるようになった。また前奏曲やトッカータなど即興的作品の一部として挿入されていた対位法的な部分が次第に拡大され、1つの楽章として確立したものもフーガと呼ばれるようになった。

ということらしいのだが、具体的にいうとこうなる。

二分音符ばかり並んでいて楽そうに見えるのだが、実際この動画に合わせて歌うことすら難しい。
あれ、あれ、
と思っているうちにどこ弾いているのかわからなくなってしまう。肖像画の気難しい顔で、
お前には10年早い
と言われているように思えるのだが・・・。

2013年4月30日火曜日

大移弦を弾く

 ちょうど1か月前にも仕事が忙しくて練習時間が取れないという、愚痴とも言い訳ともとれる記事を書いたのだが、そのときは年度末で忙しいものだと思っていた。しかし、忙しいのはどうやら年度末だけではなさそうだ。今月もほぼエンドレスで忙しい。もはや年中繁忙期となっている。うちの会社は週休2日制なのだが、いちばん最近、土日続けて休んだのはいつだろうか。土日とも仕事なんて週もあって、久しぶりに迎えた週末。それも3連休。
大週末
といってもいい。いつもは会社は休みでも家族サービスに忙しく、かえって疲れを溜める週末が多いのだが、この週末は休むぞ、と心に決めていた。

 さてさて、ヴァイオリンを弾くのは2週間ぶり。弾きたい曲はいっぱいある。前の記事で紹介したゲーム音楽もその一つなのだが、3連休最終日にはレッスンもあるので、課題曲になっているバッハのドッペルも、先生が仰ったことを思い出しながらさらえておかないといけない。

 前回のレッスンから苦労しているのは移弦。



 例えばこのフレーズだと、A線を飛び越えて、D線とE線で移弦を繰り返すのだが、隣同士の弦で移弦をするのとは難易度が違う。おんなじように「移弦」と言わず、
大移弦
とか超移弦とかといってほしいところだ。
 ともあれ、前回のレッスンでは

  • 弓の先の方を側頭部で感じながら弾くと、自然と手首が前に出る
  • 手首を捏ねて移弦しない。肘を下げるのではなく、脇を締めることを意識すると、自然と肘が動くようになる
  • 弦はしっかり動かして早目に止める。止めるときは押さえつけない。自然と止めた後で肘を動かす

などといったアドバスをもらっているのだが、どれも理屈では分かっていても、なかなかその通りにはできない。
 今回は新しいアドバイスをいただいた。
高い弦に移弦しああとのアップボウを
底からえぐるように弾く
これで意識しなくても肘が下がるようになった、のではないかと、思えたりした・・・・

 そんなわけで、今月も牛のような歩みではあったけれど、前にはいちおう進んでいる。


2013年4月29日月曜日

ゲーム音楽

 私自身はコンピューターゲームというものをほとんどやらない。たまに子供の相手ですることはあるのだが、力の差は歴然。一日にする時間は少なくても毎日続けてやれば上達するのは、ヴァイオリンでもゲームでも同じ。どのボタンを押せばキャラクターがどう動くのかなどということを考える間もなく、瞬間的にキー操作をする子供に、画面で操作方法を確かめてから操作する大人が敵う訳がない。そこで負けん気が強くプライドの高い私の選択肢はふたつにひとつ。ひとつは子供が寝た後で必死に練習して「どうだ」とドヤ顔を見せられるまでゲームにハマること。もうひとつはゲームをしないことだ。私の場合、迷わず後者を選択している。
忙しいねん
ゲームなんかしてる時間ないねん
ということなのだが、妻に言わせると、ヴァイオリンばっかりしてないでちょっとは子供の相手をしてやればいいのに、ということらしく、近所のお父さんがゲームにハマっているのを我が家では肯定的に見らてている。

ただし、肯定的な理由は三者三様
妻 : 放ったらかしといたら旦那がゲームで子供の相手をしてくれる
子供 : ずっとゲームをしていても、お父さんといっしょだということで免責される
私 : 子供を出汁にして自分の好きなことが出来る

 私が子供の頃には「テレビゲーム」というのがあって、テレビの画面上を規則的に動く白い点を、ダイヤルを操作して動かす白い線で追う機械があった。線の形によって「サッカー」とか「テニス」とかというタイトルがついていたが、いまのように、アニメーションでキャラクターが本当にテニスやサッカーをしているようにみえるというのは隔世の感がある。
 そしてこのゲームをしているときに流れる音楽というのが、また凝っている。昔は「ブッ、ピッ、ブッ、ピッ、ブブー」というビープ音だけだったが、いまのは映画音楽並。サントラが出てもいいぐらいなのだが、そこはまた時代が違っていて、いまはネット上にそういう音楽が溢れている。
 先日、バヨ会メンバーからこの曲の楽譜がまわってきた。



こんな哀愁のある曲がゲームのどんな場面で流れているのかと想像しながら弾いてみる。

 これも随分前になるが、「冬のソナタ」という韓国ドラマが流行ったときに、そのテーマ曲のイントロのピアノがきれいだというだけでピアノに挑戦する人がいるというのを聞いたことがある。そういう人にとっては、イントロの2小節が20話近いドラマの全ストーリーを彷彿させる記憶の扉なのだろう。 スターウォーズ、インディージョーンズ、ジブリ、ディズニー・・ 映画音楽もまた、その映画のストーリーやその映画を見た頃の思い出の扉を開けるもの。
 いま毎日ゲームをしている子供や若者が何十年かしてからこのゲーム音楽を聞いたときに開く扉から出てくるのはどんな思い出なのだろうか。

 などと理屈で考えていて弾けないのはゲームと同じ。もっと感覚的に弾けるようにしなければ。後半でヴィオラにも主旋律がまわってくるアレンジになっている。せめてここだけは頑張う。

2013年4月18日木曜日

娘ヴァイオリンの弦替え

 娘のヴァイオリンの弦をドミナントに替えてみた。
 それまでは、買った時のままの、何かわからないけど、多分、安物のスチール弦が貼ってあって、ま、どうせヴァイオリンもそんな高価なものじゃないしと思っていたのだけれど、普通に弾いていてG線の音がどうしても定まらない。レッスンのときは先生が調弦してくださるのだが、いつもG線には苦労されている様子。
 娘のレッスンの方はまだA線ばっかりで、次までの宿題でやっとD線が出てきたかな、ってところなんだけど、G線の音程があっていないと他の弦もちゃんと発音しないし、音程があった時の「あっ、いまこれ合ってる」って感覚が得られないから、G線を弾かないからといって放っておくわけにはいかない。出番は少ないけど、G線はいちばん値段も高い。それなりに見えないところで仕事をしているのだ。
 そんなわけで弦替え。G線だけ替える訳にはいかないので、全替えする。最初は全弦半音高めに調弦して弦を馴染ませる。朝晩の2回。調弦をし直す。月曜日に替えて3日目。もうそんなに音が下がらなくなったので、半音高く調弦するのをやめて、普通に調弦するようにした。
 娘は弾いているかもしれないけど、私はまだ弾いていない。
 さて、G線もちゃんと弾けるようになっているのか?
 あのとき、ちゃんと弾けなかったのは弦の所為なのか?