2020年6月13日土曜日

レッスン再開後の第1回

 2ヵ月ぶりにレッスンがあった。玄関や事務室の扉が換気のために開け放たれていること、会場に消毒液が置いてあること、先生も私もマスクをしていることなどを除けば、いつものレッスンと同じ。オンラインレッスンとかじゃなくて、リアルレッスンだ。やはり、これはいい。
 ただ、今年、予定されていた発表会はことごとく中止か、延期という名の事実上の中止。先生が複数の教室で面倒をみられている生徒の発表会は、3月に予定されていたものが7月に延期され、結局7月もできずに来年3月に。これは毎年3月にされているそうなので、延期というより中止。しかし、今年3月には発表会代替の弾き合い会があったので、中止ではなく規模縮小と言えなくはない。スタジオの発表会は、子供は毎年、大人は2年に1回だったのだが、今年は中止。いつも8月なのだが、来年の3月とかにするかもしれない。子どもの生徒が減っているらしく、次は大人と子供をいっしょにしようと考えておられるようだ。発表の場がなくなるのは、大人でもモチベーションが下がってしまうのだが、子供ならなおさらだろう。夏の甲子園が中止になってガックリしながらも「ぼくたちは決められたことに従うだけです」なってことを言わされている球児も多いことだろうけど、それと同じ。衝撃の大きさや強さは主観なので比べようがないが。

 それで今日のレッスンの内容だが、新しく課題になったメヌエットを初めて見ていただく。これを発表会で弾くということではなく、アンサンブルの練習のために選曲されたようだ。私のパートはもともとチェロなのだが、チェロらしく"ズゥンズゥンズゥン"という音を出そうとして、メヌエットになっていなかった。先生が弾くと、ヴァイオリンでも"ズゥンタッタッ"というベースラインになる。それもちゃんとメヌエットだとわかるようなベースラインだ。そりゃそうだ。メヌエットなんだから。これはもう一度、練習のやりなおしだ。
 ヘンデルのヴィオラコンチェルトは、この間の練習の成果で「だいぶ練習されましたねぇ」と褒められた。それでも、高いポジションになると音程が乱れがち、移弦の忙しいところで他の弦を鳴らしがち、フレーズの変わり目で準備を怠りがち、弓を返したり移弦したりするところで滑りがち、とまあ、いろいろ問題はあるのだが。速く弾く練習ではなく、ゆっくりと弾いて、「がち」「がち」となっているところを丁寧に改善していくこと。曲を通すのではなく、特にできていないところを繰り返し練習すること。嗚呼、これいつも言われることだよな。「新しい生活スタイル」どころか、すっかりコロナ前に戻ってしまっている。これはいいのだかいけないのだか。

2020年6月6日土曜日

コロナと音大生

 緊急事態宣言が解除になって、学校も少しづつ始まった。教科書の2割は「授業外」で、なんてことも言われているが、子供が学校に通えるようになったことは明るいニュースだ。いま、この病気の特効薬やら検査薬やらワクチンやら、あるいは治療法やらを研究している人が世界中にいる。そういう人たちも以前は小学生だったわけで、運動会や遠足も経験していることだろうし、そこでうまくいったりいかなかったりしたことがその人の人格を作っていって、それがその人の「矜持」というか、いま自分はこれをしなければいけないといった使命感のようなものとか、それに対する誇りとか、そういうものを作り出していっているのだと思う。学校閉鎖によって教育を受ける機会が奪われることは、普段なら経験できることを経験できずに、普段なら得られる知見や能力を得られずに、子供たちが大人になるということなので、その分、将来の社会が劣化してしまう。将来、私たちの社会がどんな問題に直面するのか分からないが、いまの子供たちにはそれを乗り越える力を身に着けてもらわないといけない。それはただ単に知識や能力だけの問題ではなく、大人になっても勉強していこうという意欲であったり、自分がどうしなければいけないのかを自分で判断できる素養であったり、他人への思いやりや社会性であったりするのだが、そのうちの少なくない部分が学校という集団の中で友達を作ったり人と交わることによって育まれる。それが制約されることは大きな社会的損失だ。

 小学校や中学校とは対照的に、大学の授業は早々とオンライン化が進み、多くの大学で9月まではオンラインで授業するという方針になっているようだ。今年、大学に入学した若者の多くが、入学式もなく、サークルの勧誘もなく、新入生歓迎企画もなく、本当なら一生の友人になるかもしれない人と出会うこともなく、このまま数ヶ月を過ごすことになる。大学に入ったらオケに入ろうなんて思っていた人はどうしているのだろうか。

 自分には縁はないが、音大生なんかはどうしているのだろう。有名音大に入るには、それはもう幼少の頃からの努力が幾重にも積み重なっていることだろうと思うのだが、そういう人にとって音大に入学した最初の数ヶ月が奪われることはどういうことだろう。来年、音大に入ろうと思ってレッスンに励んでいる人にとっては、オンラインレッスンっていったいどんなものなんだろう。海外に留学する人も多いが、海外の著名な指導者もオンラインレッスンなんてしているのだろうか。海を越えて居ながらにレッスンを受けられるのは良いことなのだろうか。いやそんなことで音楽家としての素養は身に付くのだろうか。間近で感じる相手の存在感だとか、そのレッスンを受ける場所だとか、留学先の街の空気だとか、そういうもの全体がその人の音楽性を育むのではないのだろうか。私たちが音楽を聴いて感動するときに、もしかすると、その演奏者が経験したことを間接的に経験しているのではないか。そう思うと、いま演奏会が聞けない以上に、将来、本当なら聴けたはずのもっと深く感動できる音楽が聴けなくなってしまっているのではないか。なんてことを思ったりする。

 どうもいまの社会では、教育とか芸術とかが軽く扱われているように思う。コロナだから仕方がないのかもしれないけれど、コロナでもご飯は食べるしテレビは見るでしょ。電気や水道、医療や介護、物流と同じように、教育や芸術も社会インフラなんだと思うのだけれど。

2020年5月29日金曜日

レッスン再開

 鳴り物入りだったマスクはまだ届かないが、緊急事態宣言も解除になり、そろそろいろんな活動が再開されている。6月からレッスンも再開。オンラインレッスンなんてのをされておられる方もおられるようだが、うちのスタジオの場合はそういうのもなくて、6月から普通にレッスンが再開されるようだ。
 先生から連絡があり、新しいアンサンブルの課題曲をいただいた。Friedrich Schwindlという作曲家の小さいメヌエットばかり24曲集めた曲集だ。1曲は全部16小節。まるで教本みたいだが、たぶんそれぐらいのつもりで選曲されたのだと思う。これは結構いい練習になりそうだ。ちなみに1曲目はこんな感じ↓。
 IMSLPにパート譜だけがあって、それがメールで送られ来たのだが、ヴァイオリン2台とチェロの楽譜なので、ヴィオラはお呼びではなかった。それで、いただいたパート譜をMeseScoreに入力し、チェロ譜からヴィオラ譜をアレンジ。音源を探したのだが、みつからない。
 Friedrich Schwindlという名前も、手元の『音楽中辞典』(音楽之友社, 1979)にはなく、ネットで検索しても、ドイツ語のWikipediaに記事を見つけて、ハイドンやモーツアルトと同年代なのか、ということが分ったぐらい。
 ともあれ、新しい曲で気分も一新。塞ぎ込みがちだった気持ちも少し上向きにしていかなければ。

2020年5月20日水曜日

弦、切れた!

 まだ交換して1ヶ月も経っていないのに、弦が切れてしまった。
ショック!
奮発して買ったガット弦なのに!

 別に何の心当たりもなく、さぁ練習しよう、と思ってケースを開けると、あれ、弦が1本外れている、なんて間抜けたことを思ってしまったぐらい、何の心当たりもなく、切れてしまった。
 仕方がない。
 もう一度発注。
 リアル店舗はお休みだけど、通販は受け付けてくれるみたいだ。有難い。こんなときに出勤して、私の不要不急の道楽のために仕事をしてくださっているのだから、感謝しなければ。

 ヴィオラの弦って、チェロほどじゃないけど、ヴァイオリンより高いのよね~、長いから、と思っていたけど、切れた弦と同じA線のヴァイオリン弦の価格をみたら、あら、ヴァイオリン弦の方がお高いのね。ヴィオラの方が長いのに。ただ、ヴァイオリンの場合、他の弦と比べて桁違いにリーズナブルなE線(よく切れるけど)があるので、4本セットだとヴィオラの方が数割高い。だからといって、ここにE線を張るわけにはいかないので仕方ないか…

 いつもこういう時に備えて、交換前の弦を残しておくのだが、今回はさすがに2年も使っていた弦なので捨てた。その前の弦はあるが、気分的に交換する気にならず、新しい弦が来るまでA線なしで練習。例えば音階とか、例えばロングトーンとか、例えばポジション移動とか。そうだ、「G線上のアリア」ならA線はいらない。
 でもやっぱり、いつも弦があるところに弦がないというのは、なんとなく調子が狂う。不要不急と言いながら、早く来ないかなと鶴首して待つところは、やっぱり人間って自分本位なんだなぁ、とつくづく思う。

2020年5月16日土曜日

そろそろ正常モードに

 緊急事態宣言が出される前は、出された県と出されていない県があって、出されていない県のなかには「うちの県にも出せ」なんていう知事もいたりして、なにか緊急事態宣言がなければ大変なことになって、緊急事態宣言が出ればすべて解決するかのような異常な空気があったのだけれど、緊急事態宣言が出てみると、今度は「出口戦略」だとかなんとかいって、各県で自粛の縮小を目指して発言する知事が称賛を得たりする。仕事も趣味もそのほかの生活も、そういういい加減な世論というか空気の中で振り回されているのだが、そろそろ正常モードになっていこうという風向きも出てきた。

 仕事の方は相変わらず在宅勤務なのだが、今月中には分散出勤で、平日の半分ぐらい出勤なんてことになってくるかもしれない。しばらくは、気持ちをもとに戻すのが大変そうだ。けっこう多くの仕事が「余計なこと」に分類されている。公式にそういう分類がある訳ではないが、自分の気持ちのうえでもそうだし、だれかと協力して新しい仕事を始めよう、なんてことになるとかなりハードルが高い。
 ともあれ、出勤となると、この間のように夕方のあまり遅くない時間のうちに家で練習するということができなくなる。しかし、この間に、夕方のまだ明るいうちならば、消音器を付けて家で練習しても良い、ということが暗黙の了解になった。これはコロナ前とコロナ後の大きな変化だ。そのうちカラオケボックスの営業も再開するだろうし、しばらくは人目を気にしながらでないと行けなさそうだけれど、消音器を付けない練習もそこで思いっきりできる。

 この間、毎日とはいかないけれど、結構な頻度で練習をしていたので、そこそこに弾けるようになってきた。やはり同じ曲を繰り返し練習するというのは効果抜群。ただし他の曲は弾けないけれど。ともあれ、YouTubeで再生速度を0.5倍にしても着いていけなかったものが、0.75倍でもなんとか着いていけるようになってきた。これも何かの戦略に倣って数値化し、例えば0.5倍で3回続けて落ちずに弾けるとか、0.75倍で着いていけるとか、それが1週間続いたら青信号、1日でも出来れば黄信号とか、それで部屋の照明でも変えればやる気も出てくるだろうか。

 レッスンの方はまだ復活の連絡がない。
 世間ではオンラインレッスンなっていうのもやっているようなのだが、うちのスタジオはそういうのもなく、しばらく止まったままだ。しかし小さなスタジオなので復活となれば話は早いはず。待ち遠しい限りだ。