2023年10月21日土曜日

アンサンブルの濃い練習

 所属しているアマオケの定期演奏会が、ふだんご指導を仰いでいる先生のご病気で延期になったのは、前の記事に書いた通り。ご病気の様子なども少しずつ伝わってきて、ご指導を再開いただく目途もだんだんついてきたところなのだが、それまで練習しないという訳にはいかない。先週は、先生なしで自主トレをしたのだが、今週は、普段はチェロのトレーナーをしてくださっている先生に、アンサンブル全体のご指導をいただいた。

新鮮!

 普段の練習だと、「今日は何からしましょうか」という話から始まって、2時間で、演奏会で弾く予定の曲をひととおり練習して、その間に2~3か所、ここはこんなふうにというご指導をいただくのみなのだが、先生が代わるとご指導も変わる。

 先生の中には、今日はモーツアルトのヘ長調にディベルティメントを指導しようというおつもりがあったみたいで、「それじゃ最初にヘ長調の音階、弾けますか」ということになった。曲の練習はそれから。それも、最初の4小節を何度も繰り返す。「もっと弾むように」「もっと響きを残して」「もっと揺れて」…。「パンパンパンじゃなくてラッタッターンというよう」…いや文字にすると何のことかわからないが、本当ならもう定期演奏会で弾いた後のはずの曲がどんどん良くなっていく。「フレーズの最後の音は丁寧に、そして弾きを残すように」「古典派までのスラーは必ず最初を大切に大きめに弾く」…。

 最初の1時間をかけて、第1楽章の前半だけ、次の1時間は2楽章だけ。結局、今日はモーツアルトのだけで終わる。それも半分だけだ。だけど、いままで何も気にせずに弾いていたところにどんどんご指導が入って、どんどん良くなっていく。
モーツアルトが降りてくる
のを感じる。これを3回ぐらいやったら、ずいぶんこの曲は良くなると思う。

 ただ、いちおうはほぼ完成しているところから、さらに完成度を上げるのはいいけれど、さあ今日からこの曲を練習しましょう、というときはどうなるんだろう。それに、他の曲が練習できていない。

 例えば、普段の練習はやるとして、それとは別に休みの日一日かけてこの練習をしたら、相当なレベルアップになるような気がする。しかし、そうやって真剣にレベルを上げようとして脱落していくような人がいては元も子もない。こういう時に何が正解なのか、あまり短絡的に決めることはできない。


2023年10月1日日曜日

延期! 急遽、定期演奏会が無期限延期に

 本当なら、今日は定期演奏会のレポートをアップする予定だったのだが、それが急遽、延期となり、少々湿っぽい話をアップしなければならないことになった。延期といっても「いつ」ということが決まってなくて、出来るかどうかの目途もない「無期限延期」。それ自体は、長くこのアマオケの運営に関わってこられた方が話し合って決められたことなので、それはそれで苦渋の決断だったはずだし、そうせざるを得ないという状況だったのだと思うのだけれど、このぽっかりと穴の開いたような気持ちの持っていき場がなくて途方にくれる。

 本当なら定期演奏会が開催されるはずだった日の3日前の練習日に聞く話は、何をどうやってキャンセルしたかとか、集めてお金はどうするかとか、延期についてどうやって広報するかとか、どれもこれも湿っぽい話ばかり。やっと話が終わっても、その場の沈黙を埋めるために意味のない会話が続く。みんなの心が塞がるのを少しでも和らげようとか、その場の重い雰囲気を和ませようとか、そういう気持ちで話しておられるのだろうけれど、そんなことより、
何か弾きましょうよ
と声を掛ける。やっぱりこういう時は楽器を弾くのに限る。楽器を弾いている間は、嫌なこととか、不安なこととかを忘れて、音楽と演奏のことで心を満たしていくことが出来る。そのために楽器を続けてきたのではないのか。その気持ちさえ共有できていれば、このアマオケは続けられる。もちろん、定期演奏会をドタキャンしなければならないような危機的な状況があるのだけれど、解決策は必ずある。ここで楽器を弾き続けたいという思いさえあれば、どうすればこのアマオケを続けられるのかという視点でいろいろなアイデアは出てくるはず。その気持ちが弱いと、往々にして出来ない理由探しに終始してしまう。ここで楽器を弾き続けたいという思いが、この団体を残したいという思いにすり替わってしまうと、団体としてのアマオケは残ったとしても、そこに自分が残る理由を失ってしまうメンバーも出てくるだろう。

 しばらくは正念場。一人ひとりの覚悟が試されるのかもしれない。